・・・全く!結局最後まで引き分けで終わったじゃない。

しかもお弁当食べ損ねちゃった・・・。



昼休み、ヨシノはお弁当を持って薔薇の館へ向かう途中突然聞き覚えのある声に呼び止められた。

「・・・黄薔薇様・・・そんな所で何なさってるんですか?」

「いえね、帰ろうと思ったんだけど見慣れたお下げが通るからつい声をかけたのよ」

つい、ね。嘘つけ!思い切り待ってたんじゃない。ご丁寧に読書までして・・・。

しかも何!?・・・怪獣百科って・・・。相変わらず訳の分からない人だ。

「…そうですか、で?何か御用でしょうか?」

卒業まで後3日。きっと言いたい事でもあるのだろう。

でもそれはこちらも同じこと。こうなったら勝負つけてやろうじゃないの!

エリコはヨシノの顔を見上げるとじゃあ、と立ち上がった。

「体育館裏で話しましょ」

体育館裏・・・。決闘にはもってこいの場所ね。さすが黄薔薇様。良い場所を選ぶじゃない・・・。

「ええ。わかりました」

ヨシノはそう言ってお弁当をギュッと握り締めた。エリコは既に満面の笑みだ。

「よろしい。じゃあ行きましょ由乃ちゃん」

エリコとヨシノは互いの顔を見合わせるとフフフと不気味に笑いあう。そして体育館目指して歩き始めた・・・。


リリアンの体育館裏はキレイに整備されていて、人っ子一人いなかった。

ましてや鉄パイプとかタバコとかそんなモノは絶対に落ちていない。

キレイに整備されて何もないうえに、今日は風が強くて砂埃など舞っているものだから、

さながら西部映画の決闘シーンをおもわせる。

お互い後ろ向きに3歩下がったところで振り向いて、バーン!!

・・・と、違った何も本当に決闘するわけじゃないか。

エリコは突然クルリと振り返ると腕組をしてヨシノを上から下までジロジロと見つめる。

「な、なんですか?」

「…いえね、あなた本当に元気になったわよね」

ハイ、確かに。しかしそれが一体今なんの関係が?…はっ、まさか!?本気で決闘するつもり!?

…いいわ。そっちがその気ならやってやろうじゃない!!さぁどこからでもかかってきなさいよ!

ヨシノが思わず身構えるとエリコは何もしないわよ、といって笑った。ヨシノもそれを聞いて少し安心する。

まさか本気で決闘しようなんて思ってるわけないとは思っていたが、

それでもこの人は一体何考えてるのかさっぱりわからないのだから・・・。

「ところで黄薔薇様…一つ聞いてもいいですか?」

ヨシノは恐る恐るエリコに尋ねた。実はさっきからずっと気になっていたのだ・・・。

「あら、どうぞ?」

エリコは風であちこちに行ってしまう髪を手で必死に押さえている。

「…あのですねぇ、さっき読んでいた本なのですが…。それ、怪獣ですよね?何の勉強してるんです?」

ヨシノがエリコの手の中にある本を指差した。

するとエリコは、ああこれ、といわんばかりに表紙をヨシノに見せた。

「だって、恐竜に喩えられたのだから今度は怪獣に喩えられる日が来るかもしれないでしょ?

だからその日の為に予習してたのよ」

エリコはそう言って自信満々に本を胸元で掲げた。一方ヨシノは口をポカンと開けたまま固まってしまう。

…そんな事あるわけないじゃない…そんな本子供しか読まないよ…。

それともこれは私を混乱させる為の罠なの!?

あぁ!!もうだめ!!

ヨシノはこんがらがる頭を掻き毟りたい衝動にかられたが、それを必死に押さえ込んだ。

そんなことしたらきっと、エリコの思う壺だと判断したのだ。

ヨシノがそんな葛藤と戦っているのを分かっているのかいないのか、突然エリコが口を開いた。

「さて、そろそろ本題に入りましょうか・・・由乃ちゃん」

本題…。そうだった。忘れてた。ヨシノはスッと身構えた。

「まず朝は令はパン派よね、それにカフェオレ。違う?」

エリコの問いにヨシノは頷く。

「…当たりです。まぁ、これは簡単ですもんね」

ヨシノの牽制にエリコはサッと一塁に帰る。

「まぁ、姉としては当然のことよね。」

エリコはニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべている。姉として。ここにやたらと力を込めて…。

むぅ。敵は結構強いわよ!?どうするの?

「じゃあカフェオレの中にどれぐらいお砂糖入れるか知ってます?」

「あら、もちろんよ。角砂糖なら3つ。スティックなら一袋半よ」

エリコはさも簡単よ!とでも思っているのだろう。未だに笑みを絶やさない。

「あ、当たりです…」

「じゃあ次は私からね。昨日の令の読んでいた本のタイトルは?」

ほ、本のタイトル!?え〜っと、なんだっけ、チラッと見たのよ。何だかけったいなタイトルだったんだけど…。

うぅ思い出せない…。

ヨシノは頭をフル回転させるが全く出てこない。挿絵はでてくるのにタイトルが出てこないのだ。

「ブ〜。時間切れ。

答えは、ドキドキ恋のプリズムハートあなたに届け!でした。ちなみに副題は、私ほんとにおしゃまさん。」

そう!!それだ!!!なんちゅうタイトル…って思ったのに!!くやしい!!

ヨシノはエリコの勝ち誇った顔をチラリと見た。ヨシノがくやしそうな顔を心の底から楽しんでいる、そんな顔だ。

「じゃ、じゃあ令ちゃんの本棚の中にある画集のタイトルは?」

これならわかるまい。先日古本屋でゲットしてきたのだと、嬉しそうにヨシノに見せてくれたのだから。

案の定エリコは首をかしげている・・・。よし!もらった!!

「…そんなモノ知らないわ。どうせ昨日とかに買ってきたとかそんなでしょ?」

うっ、それは当たってる。でも前から欲しがってたもん!ことあるごとにタイトルを呟いていたんだから!

ヨシノは少しばかり卑怯な手に出てしまったのを後悔していたが、

この人が相手ならこれぐらいしないときっと絶対に勝てない。

「…いいわ。ここは貴方の勝ちよ、由乃ちゃん」

…よし!まず一勝。でもこれで勝つのってなんだかうれしくない・・・。そして。

「いえ、やっぱり今の問題は取りやめます。どう考えてもフェアじゃないし・・・」

フェアじゃない事はしたくない。どんなに負けそうだからって寝首をかくような真似はしたくなかった・・・。

俯いてそう言うとエリコは突然ヨシノの頭をポンポンと軽く叩いた。

「ねぇ、由乃ちゃん。私、令の妹が貴方で良かったって本当に思ってるの。どうしてだかわかる?」

エリコの問いにヨシノはうつむいたまま首を振る。エリコがまだヨシノの頭を撫でているから…。

考えてみればエリコに撫でられるのなんて初めてのような気がする。そして、こんな話を聞くのも・・・。

いつもからかったりつついたりして、どう贔屓目に見てもおもちゃにされているとしか思えなかった。

「私、由乃ちゃんの潔い所とか、はっきりした所がとても好きなの。

令はあの通り少し優柔不断なところがあるけど、由乃ちゃんがいっつもカバーしてくれていたのよ。

だからこれからもよろしく頼むわね、なんて言わないわ。貴方は私に頼まれなくても令の面倒見るだろうし。」

エリコはそう言ってヨシノの頭から手を下ろした。ヨシノは軽くなった頭が妙にさみしく思える。

なんだか本当に居なくなってしまうのだ、と実感してしまう。

どんなに憎まれ口を叩いていても、エリコは生涯のライバルで、大好きだった。

ヨシノが顔を上げるとエリコの顔からはすっかりイジワルな笑みは消えていた。

そのかわりに、今まで見た事もないような優しい笑顔でヨシノを見つめている・・・。

と、思ったら。

「でも私が由乃ちゃんの事気に入ってる一番の理由は、この私に正々堂々と向かって来る所ねだけどね。

何よりからかいがいがあるし、おもしろいわ」

エリコはそう言ってケラケラと笑い出した。

…ちょっと?今、すごくいい事いうなぁ…って思ってたのに。何それ?結局私はおもちゃだったって事?

もう!!人がせっかく感傷的になってたのに!!

ヨシノは心の中でそう叫んだ。



この後も勝負の続きをした。しょうもないモノばかりだったけど、なんだか有意義な事に思えるから不思議だ。

結局勝負は引き分けに終わってしまった・・・。

エリコもヨシノもお互い顔を見合わせて思わず笑ってしまう。戦った者同士とても清々しい気分だ。

と、ここでエリコが突然口を開いた。

「そういえば由乃ちゃん。さっきの画集のタイトルって結局何だったの?」

どうやらエリコはずっと気になっていたらしい。エリコは聞きたい!!としヨシノににじり寄ってくる。

しかし、ヨシノの笑顔はひきつっている。そして意を決したように大きな深呼吸をしてから、呟いた。

「あぁ。ビバ!踊り・・・です。」

い、言いたくないんだよね・・・。本当は・・・。

「は?何?」

だんだん尻つぼみになってゆく声を、エリコは聞き取れなかったのだろう。

エリコはヨシノの口元に耳を近づけた。

あぁもう!!どうしてこんな問題出しちゃったんだろ!?

と、ゆうよりもどうして令ちゃんてばこんなおかしなタイトルの本ばかり選ぶのよ!!

「ですから!ビバ!踊り狂う禁断の恋と情熱!〜颯爽と駆け抜ける夏の夜〜です!!」

ヨシノが突然大声で怒鳴るモノだから、エリコは思わず耳を塞ぎ、そして何か考え込んでいる。

「…あの子の趣味は未だによく分からなくなる時があるんだけど…由乃ちゃんもそう?」

エリコはヨシノの顔をじっと見つめた。ヨシノもコックリと頷く。

確かに、生まれたときからずっと一緒にいるのに未だにヨシノにもレイの趣味がいまいちつかめないでいた。

「…まぁ、ね。人にはいろんな趣味があるからね。

たとえ可愛い妹がおかしなタイトルの本ばかり読んでいてもそれで私は幻滅したりはしないわ」

「わ、私もですよ!!変な本しか持ってないけど、私にとってはかけがえのない姉ですから!!」

エリコとヨシノはそう言って顔を見合わせ苦笑いする。

そう、どんなに張り合っても勝ち負けなんて判るわけないのだ。

二人ともレイがとても好きで、お互いの事も大好きなのだから。

「それじゃあね、由乃ちゃん。もう昼休み終わるわよ」

エリコはそう言ってあっさりその場を去ってしまった。小さくなる背中がなんだか切ない・・・。

「…私だって令ちゃんのお姉さまが黄薔薇様で良かったなって思ってるんですからね!!」

ヨシノはそう言ってエリコの背中に小さく舌を出した。

姉の姉であり、最大のライバルでもあり、何考えてるのか分からなくて、いつもつまらなそうで。

でも自分といるときは何だか楽しそうで・・・。

「大好きですよ!黄薔薇様!!」

ヨシノはそう言って体育館の裏を後にした。時計を見ると・・・。

ぎゃぁーー!!

そう、5時間目まであと5分も無い。つまりお昼ご飯は食べられない・・・。

「お、おのれ・・・謀ったな・・・。」

ヨシノはまるで時代劇の台詞を呟き、慌てて教室へと向かった・・・。




・・・全く!結局最後まで引き分けで終わったじゃない。

でも、まぁ、いいか。きっとあの人とは一生ライバルでいるんだろうし・・・。

そのうち決着つければいいや!

それにしても、やるなら放課後とかにして欲しかったな・・・。昼休みなんて短すぎるでしょ。

しかし今時兵糧攻めに会うなんて…まだまだ私も修行が足りないわ・・・。


will   〜それぞれのカタチ