人の心が見たければ、自分の心を見ればいい。


それが出来もしないのに、何かを見た気でいるならば、


思い上がりも甚だしい。


自分が見えもしないのに、人が見えなどするものか。




「・・・どうして・・・どうしてそういう事言うのよ・・・私は・・・私の気持ちも知らずに・・・どうしてそういう事言うのよっ!!」

気がつけば、私は立ち上がってそう叫んでいた。もちろんセイは私の気持ちなど知っているはずもない。

ここで怒るのは見当違いなのもわかってる・・・けれど・・・。

「よ、蓉子?」

首をかしげて、まるで奇妙な生き物を見るみたいな目でこちらを見るセイ。

お願いよ・・・そんな顔しないで・・・。

心の中でいくらそう呟いても、セイに伝わるはずがない。

だって、こんな私の気持ちにただの一度だって・・・きづいた事がなかったんだから・・・。

もう我慢できない。きっと抑えられない。

一度決壊してしまった感情は、もう後戻りしてくれそうにない。

私は心を決めた。今セイが弱っているのだから、少しぐらい私にだってチャンスは・・・あるかもしれない。

そして、心のどこかでこんな事をついつい考えてしまう自分が・・・憎かった・・・。

どこか純粋になれない自分。素直になれなくて、思わず差し伸べられた手を離してしまう・・・そんな自分。

こんな私・・・大嫌い。

でも・・・この想いだけは・・・どうしても伝えたい・・・セイに・・・。

私は大きく息を吸い込んだ。未だ不思議そうな瞳でこちらを見上げるセイを、キッと睨む。

心臓が跳ねるように動いて、まるで血液が逆流しているみたいに耳元でゴウゴウと大きな音をたてる。

握った拳は汗びっしょり・・・きっと手のひらに爪の痕もしっかり残るだろう・・・。

足が震えて、もうどうしていいかわからない。高校や大学受験の時だって、こんなに緊張しなかったというのに。

「・・・蓉子?」

セイの声が身体を通り抜け、心に届く。

私はゆっくりと目をつぶり、もう一度大きく息を吸い込んだ。

「聖・・・聞いて、私・・・本当はあなたの事、親友だと思った事なんて・・・ただの一度も・・・無かったの」

突然の私の言葉に、セイの目が大きく見開かれた。

ショックだったのか、たあだ驚いているのか・・・セイの感情が読み取れない。

何かを言おうと口を開けたまま、たただこちらを見つめているセイ。

その瞳の奥に一瞬だけれど、チラリと怒りの炎が見えた・・・。

「・・・どういう・・・意味?」

ようやく口にしたセイの声は、まるで高校二年生の時のように冷たい。

私は震える唇をそっと指でなぞり、真っ直ぐセイの瞳を見据えた。

「そのまんまよ。私、あなたの事・・・友達として見たことなんて・・・一度も無かった・・・」

そう言った瞬間、私の瞳から無数の涙が零れ落ちた。セイの顔すら滲んでしまう程の大粒の涙。

そして・・・私は言葉を続けた・・・。

「私・・・聖の事が好き・・・ずっと・・・ずっと好きだった・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・言えた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ようやく言えた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

身体の中から何かがスッポリと堕ちて、心がスッと軽くなる。

羽が生えたみたいに軽い心だけが・・・どこかへ飛んで行ってしまいそうなほど。

じっと目をつぶって、セイの答えを待つ。でも、不思議と緊張はしなかった・・・。

何故か心はとても穏やかで、ついさっきまでの苦しさや痛みが、まるで幻だったみたいに消えた。

伝える事が一生無いと思っていたけれど、私は言ってしまった。

苦労して勝ち得たセイの親友の座を・・・自ら捨てたのに・・・どうしてこんなにも穏やかなのだろう。

今、セイは・・・どんな顔をしているの?

怖くて目が開けられない・・・向かいの席で、カタンと小さな音が鳴った。

・・・行って・・・しまったのだろうか・・・?

そう思った次の瞬間、何か暖かいものが私を包んだ。

「せ、聖?」

目の前には、セイの白いコート。微かに香るミントの香りは、多分セイの愛用しているシャンプーの匂いだろうか。

そしてようやく私の頭は理解した。今、私を包んでいるものは他の誰でもなくて、セイ自身だということを。

ドクドクと早まる私の心臓・・・それに比べて、セイの心臓の音は随分落ち着いている。

悔しいけれど・・・何となく答えが・・・見えた気がした・・・。

「蓉子・・・ごめん・・・私、ずっと気づかなくて・・・本当にごめん・・・」

掠れるセイの声が、耳元で弾けて割れた。

シャボン玉みたいに儚く、虹みたいにあっけない終わり方・・・。

「・・・いいの・・・答えは解ってたし・・・でも・・・これで終わりね、私達・・・もう親友には・・・戻れない・・・」

私の声に、セイの身体はピクリと震えた。

「どうしても・・・戻れない・・・の?」

セイがポツリとつぶやくように言った。震える声は、まるで捨て猫みたいにか弱い。

「だって・・・私、聖の事を友達としては見られないもの・・・。想いを伝えた以上、聖も私に気を使うでしょう?」

そんなのは嫌。いつも通りのセイで居てくれないと、私はまたセイに囚われてしまう。

恋って、なんて自分勝手でわがままなんだろう・・・。叶わなければ叶わないほど、自分と相手を追い詰めてしまう。

私を抱くセイの手から力が抜け、やがてダラリと落ちる。

告白した事で傷ついたのは私じゃない。もちろん私だって傷ついたけれど、きっとセイのダメージはそれ以上で・・・。

何も言わずその場に崩れ落ちるセイに、私は薄い笑みをこぼした。

今まで私なんて見てくれた事など無かったセイ。

でも・・・今は私だけを見てくれている・・・。そう思うだけで、私は満たされる。

こんな風に思うのは不謹慎だと思うし、ダメだと分かっていても・・・それでも・・・。

私はセイのサラサラの髪をそっと撫でて言った。

「聖・・・ありがとう。ちゃんと最後まで聞いてくれて・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

セイは、何も答えなかった。ただ押し黙ったまま・・・じっと自分の手のひらを見つめていた・・・。

私はゆっくりと振り返り傘をセイに手渡そうとすると、セイは小さく言う。

「・・・いらない・・・蓉子が持ってって・・・」

と。

ヨウコ。セイの口から聞く最後の言葉になるかもしれない。そう思うと、ジワジワと切なさや愛しさが込み上げてきて・・・。

私は、俯いて動こうとしないセイを残し、まるで逃げるようにその場を走り去った。




私は今まで特に何にも失敗したことがなかった。

完璧では無かったけれど、いつもそれで満足していたし、後悔などした事がなかった。

大抵の事は努力して勝ち得る事が出来るし、どうしても手に入らないものなんて、あまり多くは無い。

でもそれは・・・今まで私が恋を知らなかったから・・・。

どんなに努力をしても、決して手に入らないモノもあると、今初めて心からそう思った。

いくら親友の立場を手に入れても、それじゃあ気がすまなくて・・・。

キスしたり、朝までずっと一緒にゴロゴロしたり・・・一生ずっと傍に居たり・・・そんな風にセイとなりたかった。ずっと。

でもセイはいつも私を見ない。甘えられる誰かを捜すくせに、肝心な所で決して私を頼らない・・・。

セイが全てを預けるのは・・・いつも私じゃ・・・ない・・・。

恋愛をすると、周りを見ることもなくただひたすらに相手を見つめ続ける彼女は、とても綺麗で、繊細で・・・。

痛いほどの愛情で相手すら焼き尽くすようなセイの愛が欲しかった。

たとえいつか壊れてもいい。ほんの一瞬でもいいから・・・私をそんな風に愛してほしかった・・・。

雨の中、持っている傘もさせずに歩く私は、傍からみれrばとても滑稽に見えるかもしれない。

さっきまであんなにも穏やかだった心・・・羽根のように軽かった心が、今は鉛のように重い。

服が水を含んだせいもあるのかもしれないけれど、きっとそれだけじゃない。

心って・・・なんて重たいものなんだろう・・・。

私はもう、そこから一歩も動くことが出来なかった・・・。そして気がつけば・・・電話を手にしていて・・・。

『もしもし、蓉子ー?どうしたの、珍しい』

親友の・・・エリコの声が耳に心地よく届く・・・。ギリギリに張っていた緊張の糸が・・・プツンと途切れた。

重かった心から、滝のように溢れる涙・・・。

『江利子・・・私、振られちゃった・・・』

自分でも驚くほど素直に言葉が零れる。涙はとめどなく溢れるし、鼻水も出る。

でも、それでもいい。私はようやく自由になれた。これでもう、セイには縛られない。

私の声を聞いて、エリコの声が一瞬曇る。てっきり笑われるとばかり思っていたから、とても以外で・・・。

『・・・そう。で、今どこに居るの?』

『えっと・・・リリアンの近くの・・・』

私はキョロキョロと周りを見渡して、的確に場所を伝えた。

『わかった。すぐ行くから、ちゃんとそこで待ってなさい』

『ん。わかった・・・気をつけてね・・・ありがとう・・・』

私がそういい終わらないうちに、ガチャンと電話は切られてしまった。

どうしてエリコに言おうと思ったのかは解らない。けれど、誰かに聞いてほしかった。

慰めて欲しいのか、叱ってほしいのか・・・何を求めているのかもわからないけれど、ただただ聞いてほしくて・・・。

心の内側を、セイへの想いを、ずっと隠していた、こんな弱い私を・・・誰かに見せたかった。

私は強くなんてない。本当はとても弱くて・・・だから私もセイと同じ。

セイがシオリを求めたみたいに、私もまた同じ理由でセイを求めた。

結局・・・私だって・・・何も変わらない。それが解っていたから・・・解っていたからこそ・・・伝えられなかった。

そんな弱いところを、簡単に人に見せるわけには・・・いかないから・・・。

そうやって育ってきたし、それでいいと思っていたから・・・。

でも・・・私も本当は・・・ユミみたいに素直に・・・なりたかった。

ずっとずっと・・・可愛く・・・なりたかった・・・。



気がつけば私は、その場で声を上げて泣いていた。

雨の音と傘が幸いにも顔を隠してくれるけれど・・・こんなにも泣いたのは・・・初めてだった。











霧がかかる。心に。


本当の私は霧に紛れて、もう見えない。


やがて霧は晴れて、私と私は一つになるけれど、


初めて知った、心の重さ。


こんなにも重かったあなたへの想い。


そして・・・私はようやく、私に戻れた。




















それぞれの告白   第十三話