微妙にすれ違ったままの気持ちは一体どこに流れて・・・。
明日はいよいよ卒業式・・・。
その前にどうしても会っておきたかった…。あの人に・・・。
明日は卒業式とゆう事もあって流石に3年生は殆ど残っていなかった。
でもユミは、まるで誘われるように3年藤組を目指す。
なんとなくだけど、あの人はそこで待っていてくれてるような気がしたから・・・。
『・・・やっぱり居た・・・』
3年藤組をチラリと覗くと探していた人物は何をする訳でもなくただそこに立っていた。
「忘れ物ですか?」
ユミが尋ねるとセイは驚いた風もなくこちらを振り返った。
「あぁ祐巳ちゃん」
セイは手招きしている。その笑顔はどこか寂しげで、セイを余計に神秘的に見せる。
「悪い、閉めて」
セイはぽつりと呟くと扉を指差す。ユミはもちろんそれに従う。
『・・・待っててくれてたのかな・・・?』
ユミは扉を閉めるとセイに近づいた。
「忘れ物といっちゃ忘れ物かな」
サラサラの前髪をかき上げるとセイは小さく笑った。
髪に光が反射してなんだかキラキラして見える。
ユミが思わずその光景に見とれていると、セイが口を開いた。
「教室にね、お別れを言いたくて。図書館で時間つぶして、みんながいなくなる頃合を見計らって戻ってきた」
笑っていいよ?セイはそう言って苦笑いしている。
『・・・笑えないよ・・・白薔薇様・・・。』
ユミは自嘲気味に笑うセイを見るといつも胸が締め付けられそうになる。
理由はいまいちよく分からないが、ただ心が痛いのだ。
そしてセイを想うと切ない・・・。見てるとなんだか泣きたくなってくるのだ。
『こんな想いするの・・・初めて・・だよ・・。』
セイは相変わらず笑っていたが、少しだけ笑顔が優しくなった。
「三月いっぱいは籍があるにしろ、明日を限りにこの場所から出ていかなきゃいけないんだなぁ、
って考えたら、ちょっと感傷的になっちゃってね」
今までの卒業式は簡単にやり過ごしたのにね?って、笑う。
どうやらセイにとっての今回の卒業式は少し特別なモノらしい。
「リリアンを去るからですか」
ユミは思い切ってそう聞いてみた。
するとセイは笑うような泣き出しそうな、まるでどちらにするか迷うようなそんな表情をした。
『白薔薇様・・・?』
一体何にたいしての表情なのかわからない・・・。
「いろいろあったからね」
「いろいろ」
ユミがオウムのようにセイの台詞を繰り返すと、セイは少し笑う。
「楽しい事、苦しい事。後悔することもあれば、いい思い出になったこととか。
高等部の三年間が、これまでの人生の中で一番濃厚だったと思うんだ」
『・・・いばらの森・・・』
セイの心を捉えたシオリとゆう名の彼女・・・。ユミは俯くとそっと胸に手をあてる。
『・・・苦しい・・・どうして・・・?』
ユミはどうして今無償に泣きたくなるのか・・・どうしてこんなにも辛いのかを必死に考える。
『白薔薇様・・・お願い、卒業してしまわないで・・・。私を置いていかないで・・・。』
ユミは頭の隅でそんな事を考えている自分が信じられなかった。
つい2〜3ヶ月前までは白薔薇様に対してそんな風に考えたことなどなかったのに・・・。
いつも気づけば助けてくれていた。ユミの異変に一番に気づいてくれていたのもセイだ。
自分にはサチコがいるのに・・・。
『・・・駄目だよ・・・私にはお姉さまがいるじゃない!!』
ユミは頭をブルブルと振るとセイが座っている机をドン!と叩いた。
「白薔薇様、私!」
セイは突然の事に相当驚いたのだろう・・・。目がいつもの倍くらいの大きさになっている。
そしてユミは自分のそんな考えを打ち消すかのように一気にまくしたてた。
自分に出来る事はないか?と。
しかしセイはユミの頭を優しく撫でると、そんなものはないよ。と答えた。
ゴロンタの事も、学校の事も、シマコのことも・・・。
『白薔薇様の遺言はないんだ。・・・それに私ってこんなにも信頼されてたんだ・・・。』
どうやら何かシマコが困ったら当然ユミは助けに入るものだと思ってくれているようだった。
正直にユミはセイがそう思っていてくれる事がとてもうれしい。
でもユミはどうしても今この人の為に何かしたかった。
「でも、私白薔薇様のために何かしたくて」
『・・・これはエゴだ・・・』
ユミはセイへの想いへの罪ほろぼしのような気がしてならなかった。
さっきまでの想いをまるで打ち消したいだけの罪滅ぼし・・・。
しかしセイはそんなユミに全く気にも留めていないようすで、いたずらに笑った。
「餞別、ってやつ?」
セイはそう言って机から降りるとユミに近づき手を伸ばす。
「そうねー。んじゃ、お口にチューでもしてもらおうかな」
「!?」
『な、なんですと!?ちゅ、ちゅー?』
ユミが慌てて仰け反るとセイはグイとユミの肩を抱く。
「お、逃げるか。何でもいい、っていったじゃない」
「あわわ」
『ど、どうしよう!!ヤバイ!』
セイはそう言ってそっとユミの顎に手を添える。
「ほら、おとなしくして目閉じて」
セイはそう言って徐々に顔を近づけてくる。
『・・・やっぱ、きれいだよな・・・って、そうじゃなくて!!やだ、何!?
すごいドキドキする・・・このまま・・・駄目だよ!!出来ない!!』
「カーット!」
ユミは思わずそう叫んでしまった。カットを告げられたセイは固まったまま動けないでいる。
『今だ、早くここから出よう・・・。』
ユミはそのまま動かないセイを後に残し後ろの扉まで走った。
しかし振り返るとセイは追ってきてなどいなかった。ただ、さっきの場所から動かずバイバイしている。
でもその背中はなんだか酷く悲しそうだった・・・。
「祐巳ちゃんのチューが心残りで、卒業できなーい」
セイはそう言ってまだ手を振っている。
『・・・冗談だったんだ・・・』
ユミは少しガッカリしている自分に驚いた。・・・キスしてほしかったのだろうか?お姉さまがいるのに?
罪悪感とはうらはらに心の中の何かがユミを駆り立てる。
「どーした?」
セイの問いにユミは何も答えなかった。いや、答えられなかったのだ・・・。
「さっさと帰らないとまた襲っちゃうよ」
セイはいたずらっぽく笑っている。
『…どうしよう…。キス…したいよ…』
俯いてたユミは心の中の葛藤と戦った。
『・・・でも・・・、どうしよう・・・』
「何考えてるの」
じっとしたまま一向に動こうとしないユミにセイは心配そうに声をかけた。
『…もう…だ…め…』
ユミは心の中でそう呟くと机を避け、セイの元へと走った。
「えっ・・・・!?」
セイが驚く間も与えないほど一瞬・・・。そう、ほんの一瞬の出来事。
ユミはセイの口の少し横に背伸びをしてキスをした・・・。
ユミはその勢いのままセイの傍から離れようとしたが、セイがそれを許さなかった。
「・・・祐巳ちゃん!」
セイはユミを抱き寄せるとフワリと包み込んだ。そしてユミの耳元で囁く。
「改めて言う事もないと思ったから黙っていたけど、私、祐巳ちゃんと知り合えてよかったとおもってる」
「え」
思ってもみなかった言葉にユミは目が点になった。
『どうゆう意味・・・?』
「私、同年代の女の子とはあまりなじめなかったんだ。
でも、祐巳ちゃんを見ていて、生まれて初めて普通の女の子をうらやましくおもえたの」
セイはそう言ってユミを抱く手に力を少しだけ込めた。
「高三の一年間でね、私はいい意味で変われた。
好き嫌いはわからないけど、今の自分の方がだいぶ生きやすくなった。
私を今の私にしたのはいろんな要素があるけれど、でもね祐巳ちゃんの存在は大きいよ。
祐巳ちゃんがしてくれたのは、だからチューだけじゃないんだ」
セイは泣き出しそうな、切なげな震えた声で呟く。
「私が、何を」
するとセイはユミのおかげで大学生になる事を決めたのだという。こんな自分に本当に憧れていたのだと・・・。
それを聞いてユミの瞳から涙がこぼれそうになる・・・。
『…私…何もできなかったよ…いっつも迷惑ばっかりかけてた…いつだって守られてたのに…』
セイはようやくユミの体を離すとドアの方に向かって軽く背中を押した。
「愛しているよ、祐巳ちゃん。キミとじゃれ合っているのは、本当に幸せだった。
祐巳ちゃんになりたい、って私は何度か思ったよ」
セイはそう言ってにっこりと笑う。
『…お願い、そんなこと言わないで…白薔薇様…』
「愛している、ってみんなに言ってるんでしょ」
「うん」
セイはそう言ってコックリと頷く。ユミはその仕草がなんだかとても憎らしかった。
『…私…は…誰が好きなの…?』
「チューありがとね」
「いえいえ、単なるお餞別ですから」
自分の言った心にもない言葉がさらに思考回路を混乱させてゆく。
「単なる、ね」
セイはなんだか含みのある物言いをするとユミに尋ねた。
「ところで、祐巳ちゃん。私が通う大学どこか知っている?」
「は?」
「いや、いい。
祐巳ちゃんのことだから、大学名耳に入れないように逃げ回っていたんじゃないかなーなんて思ってね。
大好きな白薔薇様を大学に取られるみたいでさ」
『…そう…貴方を、大学で他の人に取られてしまうのが…怖いの・・・』
ユミの脳裏に一瞬そんな考えがよぎった。しかしすぐにその考えを振り払った。
「自惚れてますね」
思ってもない上辺だけの言葉が思わず口をついてでる・・・。
『本当はこの人に愛されたいくせに…』
『ちがう!!私にはお姉さまがいるのよ!!』
そんな考えばかりがユミを縛りつけようとする。
…でも、ユミの想いを告げてしまえば、セイに軽蔑されてしまうかもしれない。ユミはそう思うと怖かった・・・。
サチコとセイ・・・。2人が心の中で膨らんでゆく・・・。
想いを両天秤にかけて、どちらが重いかを測るとき
私はどんな顔をしていますか?
貴方にはどんな風にうつりますか?
未来はどこに繋がっていますか・・・?