この道を通りすぎた時、キミだけが居なくて、


このままずっと独りだったらって、


そんな事を考えたら苦しくて息が出来なくて、


だから私はこんなにも必死になって、


キミを探す。いつだって・・・これからも。







「一体だれがこれを食べるの!?」

お姉さまはセイの頬を軽くつねりあげ、予約していたテーブルの上を指差す。

「ら、らって、みんらおらか減ってるからぁ・・・とおもっへ」

「聖さま・・・ものには限度ってものがあるじゃないですか・・・」

ユミは未だお姉さまに頬を抓り上げられているセイの憐れな姿に目をやった。

セイの用意した食材を見れば、流石のユミも助けてやる事が出来ない。

「・・・しょうがないわね・・・もう頼んじゃったものは・・・とりあえずいける所まで行きましょう・・・」

はぁ・・・、と溜息を落とすお姉さまにセイは小さく、ごめんなさい、と呟いた。

すると、お姉さまは優しく笑ってセイの頭をなでる。

「いいわよ、あなたに頼んだのは私達だし・・・それに、聖が食べるものは昔から・・・」

お姉さまはそこまで言うと、ハッと口をつぐむ。

「ああやっぱり聖さまって昔から味覚変わってるんですね・・・。

コーヒーとかのこだわりはマトモなのに、どうして食べ物の感覚はこんなにも変わってるんでしょうか・・・」

ユミはお姉さまの言葉を聞いて妙に納得した。

一方セイはすでに2人の話なんて聞いておらず、サクッサクと楽しそうに野菜を刻んでいる。

「上手ですねー、相変わらず」

「あら、本当。聖料理できるのね」

「し、失礼な!私だって料理の一つや二つは出来ますよ!!

それに私は味覚がおかしいんじゃなくて、ただのチャレンジャーなんですっ」

全く、料理ぐらい作れるよ・・・。と、ぶちぶち言いながら野菜を刻むセイ。

その手早さといったら、思わず見惚れてしまうほど綺麗で早い・・・。

「じゃあこれからはチャレンジしなくていいですから・・・まともなの作ってくださいよ・・・」

ユミはセイの後ろから次々に刻まれてゆく野菜たちを見つめながら、ボソリとそう呟いた。

そう・・・ユミだって本当はセイが料理上手なのをよく知っている。

多分、ユミよりも本当ははるかにうまいんだろうな、と思う。

本を見れば大抵その通りに作ってしまえるし、ケーキやクッキーを焼いてくれる事もあった。

一方ユミは所詮いくら練習しても家庭料理の域を出ない。

いや、それだけ作れれば十分なのかもしれないけれど、やっぱりご馳走を作る、

となるとセイの手助けは必要不可欠なわけで・・・。

「ところで聖・・・これはどうするの?」

お姉さまはテーブルの上に置いてあった肉の塊を指差す。

到底三人では食べられないような量のお肉の塊・・・セイはこれを一体どうしようというのか・・・。

「え?ああ・・・それはケバブにしようかなって・・・」

「ケ・・・バブ?」

セイの言葉にユミは首を捻る。ケ・・・バブ・・・一体なんなのだろう・・・?

「いやいや、祐巳ちゃん。ケ、バブじゃなくて、ケバブ。トルコの焼肉みたいなもんよ」

「へぇ、そうなんですか・・・聖さまって物知りですね〜」

ユミは心底そう思ったのか、手を組んでセイに羨望の眼差しをむけた。

いろいろと思うところはあるけれど、やっぱりセイはユミにとってはとても頼もしい存在なのだ。

キャッキャッ言いながら料理をしている2人を、腕をくんでしばらく見ていたお姉さまだったが、

やがて何かに気付いたようにその肉の塊を、よいしょ、と持ち上げそのまま店内へと入って行ってしまった。

「あれ?お姉さまは?」

「えっ!?あれ?ほんとだ・・・いらっしゃらないですね・・・私ちょっと探してきますね」

「うん、ありがと。もうちょっとでさばき終わるから」

セイはそう言ってにっこりと笑って駆け出したユミの背中に向かって、フッと笑みをこぼす。

本当に・・・どうしてあんなにも可愛いのだろう・・・。

ユミがそこに居るというだけで和む空気に、セイの心はジンと暖かくなる。

フワリと香るシャンプーの匂いが、セイの瞳をより一層細めた。




「あ!こちらにいらしたんですね!」

ユミはあちこち走り回ってようやくお姉さまを見つけた。

はぁはぁ、と息をきらせながら走りよってくるユミに、お姉さまはにっこりと微笑む。

「ど、どちらに行ってらしたんですか?」

「お肉屋さんよ。あのお肉の塊を返してきたの。ついでにコレ!もらっちゃった」

そう言って嬉しそうに微笑むお姉さまの手には、何やら高級そうなお肉が乗っている。

「も、貰ったって・・・」

多分・・・到底自分達には手の出ないようないいお肉・・・これを、お肉を突っ返した挙句貰ったという。

恐るべし・・・お姉さま・・・。そして流石だと思った・・・さすがセイの姉だ、と。

「気前のいい人で良かったわ。あ、そうそう、はい、これ祐巳ちゃんにあげる」

お姉さまはそう言ってユミに缶ジュースを一本投げてよこした。

まさかこれも貰ったのだろうか・・・。ユミが恐る恐る缶を見つめているのを見たユミに、

お姉さまはクスリと笑い、それを否定する。

「それは貰ったんじゃないわよ。そこで今買ったのよ」

「えっ!?あ、サイフ・・・」

ユミがゴソゴソとポケットの中を探っていると、お姉さまはそれを止めた。

フワリと優しい香りがユミの鼻腔をくすぐる。

「いいのよ、私のおごり」

「あ、ありがとうございます!!いただきます」

ユミはそう言って嬉しそうに笑うと、プルタブに手をかけ、お姉さまの前でゴクゴクとのみ始める

あまりにもいい飲みっぷりにお姉さまも目を細め、眩しそうにユミを見つめていた・・・。

そしてユミの肩にポンと手を置きゆっくりと・・・しかしはっきりと言う。

「祐巳ちゃん。聖の事・・・好き?」

ユミはお姉さまの真剣な表情にドキリとした。セイの事をどれほど大切に思っているのか・・・よくわかる。

「・・・はい。とても」

ユミがそう答えると、お姉さまは少し安心したようにフッと表情を緩めた。

セイの事が好きか嫌いかなんて・・・そんな事解りきっている。毎日毎日どうしようも無いほど愛しいと感じる。

どれぐらい好きか?と聞かれたら困るかもしれないけれど、

昨日よりも今日、今日よりも明日・・・きっとまたセイの事が好きになるだろう。

止まらない想い・・・きっと、こんなにも人を愛した事なんてなかった・・・。

セイはよく自分はユミに救われている、と言うが、実際の所それはユミも同じ。

セイと居る事で、随分沢山のモノを貰った。

形があるものばかりではないけれど、間違いなくそれらはユミの大切な財産になるようなモノばかりを・・・。

ユミはフッと視線を落とし、胸のあたりを押さえ微かに微笑む。

すると、ジンワリと湧き出すような暖かさがキュっと胸を締め付けた。

そんなユミを見たお姉さまは、ユミの頭を優しく撫でる。

「そう、ならいいの。ありがとう・・・。今日あなたに会えて良かったわ」

きっとこの子ならセイを日の当たる場所に連れ出していてくれる・・・。

なんとなくそう思った。別にセイが暗闇ばかりを歩いてきたわけではないけれど、

でも、セイの心の深いところにはきっとまだ闇が居座っているから。

そんなセイには陽だまりみたいなユミが、きっとちょうどいいのだろう。

ふとした拍子にセイを支配する闇は、きっとそう簡単には拭えない。

でも、この子となら・・・ユミとならば、きっと越えてゆける・・・そう思う。

シオリの刺すような日差しとは違う、柔らかい日差し・・・暖かで、ゆったりとした時間・・・。

野良猫みたいなセイには、きっと最高の場所。

お姉さまはフフ、と笑うとユミの頭を優しく撫でた。そして言う。

「もし私に孫が居たなら・・・きっとこんな感じだったのね・・・」

と。

ユミはそれを聞いてポッと顔を赤らめる。

まさかセイのお姉さまにそんな事を言われる事がくるなんて、

夢にも思っていなかったから・・・。知らぬ間に涙が溢れ、気付けばお姉さまに抱きしめられていた・・・。

「ふふ・・・可愛いものね・・・やっぱり無理矢理にでも聖に妹を作らせるべきだったわ。損しちゃった」

あの頃孫が居なかったのは自分だけで、他の2人にはちゃんとサチコとレイという孫が居た。

少し扱いづらいサチコと、見かけからは想像も出来ないほど女の子っぽいレイ。

どちらも可愛かったけれど、自分にはセイが居れば十分だった。

だからセイに妹が出来た時もあまり会いたくはなくて、セイの申し出を断っていたけれど・・・。

こんな風にユミを見ていれば、セイの妹にも会ってみてもいいかな、なんて思えてくる。

「ねぇ、祐巳ちゃん。私の本当の孫・・・えっと・・・」

「志摩子さんですか?」

「そうそう、その子はどんな子?」

「志摩子さんですか?とっても素敵な人ですよ!大丈夫です!!白薔薇の血は途絶えてませんっ!」

胸をドン!と叩いて自信満々にそんな風に言うユミ。さっきまでの涙はすっかりどこかへ消えてしまっていた・・・。

「そう・・・安心したわ。ありがとう、祐巳ちゃん」

お姉さまはそう言って優しく微笑んで、そっとユミの手を取る。

きっとまたセイが見れば怒り出すだろう。でも、今は・・・少しの間だけ、孫を堪能したかった・・・。




「おかえり〜・・・遅かったじゃない。随分と」

「せ、聖さま!!その・・・これにはいろいろと事情が・・・」

ユミは慌てて事情を説明する。

すっかり調理し終わったセイは、いつでも食べられるように全て用意して待っていた。

よほど退屈だったのだろう、テーブルに頬杖をついて座った目でこちらを見つめている。

「あら、聖。すっかり準備終わってるじゃない。偉い偉い」

お姉さまはそう言ってわざと持っていた袋をよけ、ユミと繋いだ手がセイに見えるように軽く持ち上げた。

それを見たセイは、ついていた頬杖から顎を滑り落として勢いよく立ち上がる。

「ま、また手繋いでっ!!!」

「ちょ、せ、聖さま!?」

セイはお姉さまと繋いでいたユミの手を無理矢理はがし、お姉さまをキッと睨む。

「わざとでしょう!?わざとさっきからやってるでしょう!?」

「あら、そんな事ないわよ。可愛い孫が出来て嬉しいんだもの、いいじゃない少しくらい。案外ケチなんだから」

お姉さまは悪びれもせずそんな事を言って、セイとユミの向かい側の席に座る。

「お姉さま言っておきますけどね、祐巳ちゃんは孫じゃないんですよ?私の妹は志摩子だけですっ!!」

「聖・・・さま・・・?」

チクンとユミの胸いトゲが刺さる。確かにセイの妹になりたいわけではないけれど、

何もそんな風に否定しなくてもいいのに・・・。

ユミがしょんぼりとうな垂れているのを見て、お姉さまが言い返す。

「あら、似たようなものよ。私にとっては。祐巳ちゃんだって可愛い孫みたいなものだわ」

「だから違いますって!!孫は志摩子っ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ユミの気持ちはどんどん落ち込んでゆく・・・隣で力一杯講義するセイの声に、どんどんと不安は募る。

「あら、だったら祐巳ちゃんはあなたのなんなの?私にとってはどういう存在?」

お姉さまの挑発的な態度に、セイは机をダン!と叩きつけきっぱりと言い切った・・・。

「祐巳ちゃんは私の嫁っ!!お姉さまは姑ですっっ!!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

あんぐりと口を開けて隣を見上げるユミの顔がおかしかったのか、

それともそんな事を力の限り叫ぶセイが可笑しかったのか・・・お姉さまが突然机に突っ伏した。

そして、肩を小さく震わせながらお腹を押さえている。

「あ、あれ?私何か変な事・・・言った?」

「え・・・や、まぁ・・・そうですね・・・私は嬉しいですよ?」

キョトンとするセイが可笑しくて、ユミまで苦い笑いを浮かべる。

・・・そうか、私は嫁なのか・・・。

妹にはなれなくてもいい。別にヨウコ以外のおばあちゃんが欲しい訳でもない。

でも、セイの・・・大好きな人の姉がそう言ってくれたかったのが嬉しかっただけ。

何かの繋がりが・・・欲しかっただけだったのだけれど・・・そうか・・・お姑さんか・・・。

ユミはそんな事を考えながら、ストンと隣の席に落ち着いたセイにとうとう笑いを堪える事がなかった。

「っく・・・ふふ・・・そうね、姑の方がしっくり・・・っくく・・・くるかも・・・ね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

必死になって笑いを堪えながら涙を拭うお姉さまの顔は、とても楽しそうだった。

隣ではユミも肩を震わせ笑いを堪えている・・・。

どうしてこんなにも笑われるのか・・・よくわからないけれど、

それでも2人のこんなにも楽しそうな顔を見ることが出来たから・・・まぁ、いいや。

セイは自分にそう言い聞かせると、いつまでも笑い終わらない二人を見つめながら、フンと鼻を鳴らした。

「でもそしたら聖、大変よ?私が姑で祐巳ちゃんがお嫁さんなら・・・この先苦労するわよ?

ほら、最近多いじゃない。嫁と姑が仲悪いって」

お姉さまはさっきセイがさばいたばかりの鰹を一切れ箸で掴みながら草そう言った。

「そうですよ〜。聖さま大変ですよー?さっきの言葉、今のうちに取り消した方がいいんじゃないですか?」

ユミも大量にある鰹の一切れを取りざらに取るとそれにポン酢をかけ、

何も言われた訳ではないけれどそれをお姉さまに渡す。

お姉さまも黙ってそれを受け取り、鰹にかける。

その一連の動作を見ていたセイは、はぁ、と溜息を落としフフと小さく笑う。

「いや、大丈夫。お姉さまと祐巳ちゃんは喧嘩とかありえないし。

むしろ私が心配なのは・・・お姉さまと祐巳ちゃんが組むと、私は太刀打ち出来ないって事かな・・・」

セイはポツリとそう言うと、誰も手をつけようとしない醤油を手に取り、独り寂しく鰹にかけた・・・。




「今日はありがとう、聖、祐巳ちゃん。楽しかったわ。まさか鰹丸々食べさせられるとは思ってなかったけど。

それよりびっくりしたのは・・・お肉だったけどね・・・」

お姉さまはそう言ってセイを軽くたしなめる。

セイはそんなお姉さまに頭が上がらないらしく、その場でなんだかこじんまりとしていた。

結局、セイが用意したおは野菜に鰹一匹、後はあの大きなお肉・・・。

お肉はお姉さまが返してきてくれたから良かったけれど、他の食材を食べきるのに大分時間がかかってしまった。

時刻はもうすぐ三時。お姉さまともここでお別れだ。

「今日は本当にありがとうございました!あの・・・また・・・」

会えますか?

そう聞きたかったけれど、どうしてもその一言が言葉にならない。

ユミはモジモジとお姉さまの方に向かって一歩歩き出すと、お姉さまはそれに気付いたのかにっこりと笑ってくれた。

そしてユミを軽く抱きしめると優しく言う。

「祐巳ちゃん、聖って本当にどうしようもない所もあるけれど、本当はとても素直でいい子なの。

あの子の心の中の弱い所・・・これからも照らしてあげて。あの子、本当に祐巳ちゃんの事好きみたいだから・・・。

だから・・・これからも聖をよろしくね。・・・あ、聖も!祐巳ちゃんを大事にするのよ?」

「分かってますよ、言われなくても大事にします!」

フンとそっぽを向くセイにユミとお姉さまは苦笑いする。

「祐巳ちゃん、いい?もし聖に何かされたら私の所に来なさい、こらしめてあげるから」

ユミの耳元で小さな声でお姉さまはそう呟くと、セイに気付かれないようそっとユミのポケットに何かを入れる。

「は、はい。それじゃあ・・・」

「ええ、また会いましょう。今度は私がちゃんと食材手配するわ」

お姉さまはそれだけ言い残すとセイとユミの頭をポンポンと軽く叩き、クルリと向きを変え歩きだした。

「そ、それどういう意味ですかっ!!」

遠ざかってゆくお姉さまの背中に向かってセイが叫ぶと、お姉さまは振り返りもせずに片手だけあげる。

そして言った・・・。

「そのまんまの意味よー」

・・・と。





「行っちゃいましたね・・・」

「うん」

「寂しいですか?」

「・・・べっつにー」

そういうセイの横顔は、どこか名残惜しそうで。

「・・・意地っ張り・・・」

ユミはそう言ってセイの手を取った。スルリと自然に絡まる指と指。

お姉さまと繋いだ時とは違うドキドキがユミの胸を締め付ける。

「ところで祐巳ちゃん。さっきお姉さまに何言われたの?」

セイはユミの顔を覗き込むようにしてそう尋ねたが、ユミはにっこりと笑うだけで何も言ってはくれなかった。

「随分機嫌いいじゃない。何かいい事あった?」

不思議そうに笑うセイに、ユミもつられてヘランと笑う。

「内緒です!」

ユミはそう言うと、さっきお姉さまにもらったものをポケットの上から触る。

それは一枚の紙切れで、お姉さまの携帯の番号とメールアドレスだった。




何かあったらすぐに電話しなさい。

そう短く書かれた文に、ユミは何故かとても嬉しくて・・・。

まるでセイのお姉さまが2人の事を応援してくれているみたいで・・・。

ユミはセイの腕に自分の腕を絡め、えへへ、とセイに向かって笑いかける。

セイもそんなユミに、笑顔を返してくれる。




海から聞こえる波の音は、とても穏やかで、心地よくて・・・海さえも味方につけたような・・・そんな気がした。




全てが敵に回っても、私はキミを離さない。





今日のお題:ごめんなさい!!今日のお題作れませんでした!!!(号泣)

今日はイラストのリクだけ、よろしくお願いいたします!!





幸せな日々   第十一話