愛しても愛しても足りない。


足掻いても足掻いても抜け出せない。


躊躇っても躊躇っても望んでしまう。


こんな心・・・イラナイ。


でも、こんな自分は・・・キライジャナイ。




「ほら、聖体流してあげるわ」

「ちょ、ちょっと待ってください!!聖さまは私が洗うんです!!ね?そう約束してますもんね?」

「・・・や、あの・・・・」

お姉さまに左腕を、ユミに右腕を引っ張られたセイはまるで大岡越前のよう・・・。

さっさと紹介してしまえば良かったのかもしれないけれど、きっと今この状況で何を言ってもユミは聞かないだろう。

セイはそんな2人の態度にオロオロするばかりで、結局何も出来ないで居た。

そんなセイを見てお姉さまはクスリと小さく笑うと、何を思ったかセイの頬を指でなぞる。

「相変わらず綺麗な顔ね、聖」

そんな風に言うお姉さまの顔は本当に懐かしそうで、思わずこちらも嬉しくなってしまう。

まさかこんなところで会うとは思っていなかったので、心の準備も何も出来ていなかった・・・。

けれど、また会いたいとは思っていたから、素直に嬉しい。

まぁ、場所が場所だけに少し目のやり場に困るけれど・・・。

「いえ・・・綺麗なんかじゃ・・・ないです」

「・・・聖さま・・・?」

ユミはセイとこの人を見比べてハッと息を飲む。

セイはまんざらでもなさそうだし、この人は間違いなくセイの事を昔から知っている。

しかも何故かユミの事までも・・・。

そしてある疑問符が脳裏に浮かんだ。ユミとセイの接点といえばなんだろう・・・?

セイがユミの事を話しそうな人・・・しかもユミは顔すら見た事がない・・・となると一人しかいない・・・。

ユミはセイを掴んでいた腕をスルリと解き、トボトボと洗い場に戻った。

「ゆ、祐巳ちゃん!?どうかしたの??」

突然クルリと踵を返してしまったユミに、セイは慌てて後を追う。お姉さまを連れて。

セイはユミの肩を掴みこちらを振り向かせようとしたけれど、ユミは頑なにそれを拒んだ。

「どうしたの?突然!!」

「そうよ?私何か悪い事言ったかしら?」

お姉さままで心配そうにユミの顔を覗き込む。

そしてセイとお姉さまはユミの顔を見るなりヤバイという顔でお互いに顔を見合わせる。そして小声で・・・。

「せ、聖、私ちょっとやりすぎたかしら?」

「え、ええ・・・かもしれませんね」

「聖・・・はっきり言うようになったわね・・・あなた・・・」

お姉さまはボソリとそう呟くとゆっくりユミに近づいてゆく。

そして、急にまた何かを思いついたようにキラリと瞳を輝かせると、思い切りよく今度はユミを抱きしめた。

「ぎゃうっっ!!!!!」

ユミは驚きのあまり何ともすっとんきょうな声を上げ、その場に呆然と立ち尽くす。

「ちょ、なっ!!何やってんですか!!!」

セイは必死にユミからお姉さまを剥がそうとしたが、なかなかうまくいかない・・・。

裸で抱き合うなんて、セイにもなかなかさせてくれないのに!!

いや、そうじゃない。今はそんな事言ってる場合ではなくて・・・。

「もう!いい加減にしてくださいっ!おねえ・・・」

セイがそう言ってお姉さまを無理矢理ユミから剥がそうとしたその時、俯いていたユミがようやく口を開いた。

「な、何するんですか!栞さん!!」

「「・・・は?」」

突然ユミの口から零れた言葉に、セイとお姉さまはあんぐりと口を開ける。

今ユミは何と言った?確かシオリだとか何とか・・・。

「離してください!!聖さまと2人で話したいのならどうぞご自由に!!嘘つきな聖さまなんてもう知りません!!」

「「え、えーと・・・」」

フイ、と洗い桶を持って端っこまで行ってしまうユミ。

取り残された2人はお互い顔を見合わせ、何かに気付いたようにコクリと頷きあう。

どうやらユミはお姉さまがシオリだと勘違いしているらしく、ユミがセイの事を嘘つきよばわりしたのは、

多分、ユミと付き合うほんの少し前にシオリと一度だけ再会した時に言った言葉の事を言っているのだろう。

いつかは話そうと思っていた事だけれど、不意打ちで会った事がバレてそれが原因で喧嘩したっけ。

今となってはもう随分昔の話のように思うけれど、ユミにとってはきっと昔の話ではないのだろう。

だから実の所セイよりもユミの方がシオリの事を引きずっているのかもしれない。

あの時言った言葉は・・・決して嘘なんかではないのに・・・。なんだか信用されていないようで無性に寂しくなる。

1人そんな事を考えていたセイ。ふと気付くと隣に居たお姉さまはすでに居ない。

「あ、あれ!?お姉さま??・・・って・・・何やってんですか!!!」

ほんの少し目を離した隙にお姉さまはちゃっかりユミの隣を陣取って、

一緒に頭を洗っている・・・どうやらユミは気付いていないようだけれど・・・。

セイは小走りで仕方なくお姉さまの隣に座るとお姉さまをキッと睨む。

「どうしてくれるんですか!!祐巳ちゃん怒らせたら怖いんですから!!」

「あらあら、涙目になってるわよ、聖」

「はっ!?ふ、2人ともいつの間に・・・こんなに空いてるんですからよそへ行けばいいじゃないですかっ!」

ユミはシャンプーが目に入らないよう気をつけながら、ゆっくりと顔を上げ隣を見る。

シオリがこちらを見ながら笑っているけれど、それよりも気になるのは何故か涙目のセイの事で・・・。

この状況で確かにセイが泣きたくなるのもわかる。けれど泣きたいのはユミだって一緒だ。

「聖さま・・・何泣きそうな顔してんですか・・・」

「ほ、ほら〜祐巳ちゃん怒ってるじゃないですかぁ」

ユミの言葉と声には目に見えない棘がついている・・・目つきもいつもよりずっと悪い・・・。

いや、多分シャンプーのせいだろうが。

「まぁまぁ、2人とも落ち着いて。ほら、祐巳ちゃんシャンプー流して。可愛い顔が台無しだわ」

お姉さまはそう言ってシャワーのコックをひねると、ユミの方に向けてみせた。

どうやら泡を洗い落としてくれるつもりらしい。

「あ・・・どう、どうも・・・」

なんだ・・・案外いい人なんだ・・・栞さんて・・・。

ユミはそんな事を考えながらシャワーをかけてくれているシオリをじっと見つめた。

「何かしら?」

「あ、いえ・・・別に」

ユミはシオリをマジマジと見つめていた事に気がついてさっと視線をそらす。

それにしても・・・話に聞いていたシオリとは随分イメージが違うのは気のせいだろうか・・・。

ユミのシオリのイメージは、もっとこう、大人しそうな・・・そんな感じだったのだけれど・・・、

この人はそんな感じでは全くない・・・。

どちらかと言えばファンキーで、思っていたシオリとは正反対というか・・・なんというか・・・。

でも、やっぱり聞いてたとおりの美人だ。

セイの言う儚い感じではないけれど、意志の強そうな瞳がそれを更に強調している。

何より・・・スタイルも随分いいし・・・。

ユミはチラリとシオリの体を見ると、自分の体と見比べて、ハァ、と溜息を落とす。

そんなユミの仕草を見ていたシオリは、突然プッ!と笑い出すと、もうダメとばかりに笑い出した。

「も、もうダメよー!聖、この子面白いわ!!!」

「え、何かいいました?」

生憎セイは頭を洗っている最中・・・シャワーの音でお姉さまが何を言っているのかさっぱりわからなかった。

しかし、お姉さまの向こう側に見えるユミが変な顔をしていることから、

なんとなくお姉さまが何を言ったかが想像できる。

「な、なんなんですか!!も、もういいです!!!」

ユミはそれだけ言うと頭についていた泡を落としきって、さっさとお風呂を出て行こうとしたが・・・。

「ちょっと待ちなさい、ちゃんと浸からないと風邪ひくわ。ほら、聖もボンヤリしてないで早く洗っちゃいなさい」

「あ、はい・・・って、な、何するんですかっお姉さま!!」

セイがシャワーのコックを捻ろうと手を伸ばした瞬間、突然上からお湯が降ってきたかと思うと頭をガシガシと洗われる。

こんなとこユミが見たらまた怒り出すに違いない・・・とっさにそう思ったセイはギュっと目を瞑ったが、

ユミの怒鳴り声はいつまでたっても聞こえてこない。

かわりに、カコーンと小気味いい音が響いたかと思うとユミの口からポロリと声が聞こえた。

「オ・・・オネエサマ・・・?」

ユミは持っていた風呂桶をその場に落とすと、今しがた聞いたセイのセリフに凍りつく。

何がなんやらサッパリわからない。シオリだと思っていた人物がセイのお姉さまで・・・。

そういえばセイはさっきからずっと敬語を話していたっけ・・・。

ユミはグルグルする頭を抱えながらその場にゆっくりと座り込む。

「「祐巳ちゃんっっ!!」」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ああ、遠くでセイとセイのお姉さまの声がする・・・そう思った・・・。





「あら、誰も私が栞だなんて一言も言ってないわよ?」

「で、でも!!じゃあどうしてさっき否定してくれなかったんですか」

「だって、言うヒマもなくあなた体洗いに行っちゃったし」

「うぅ〜・・・すみませんでした・・・本当に・・・」

そう、どこにも言うヒマなど無かった。全てはユミの勘違い。さっきから何度こうして謝っているのだろう。

ユミはまるでコマみたいに1人でクルクル翻弄されて勝手に勘違いして2人に随分迷惑をかけてしまった。

・・・いや・・・1人じゃないかもしれない。ユミはそう思いながら隣でまだ膨れっ面をしているセイを見てそう、思った。

聞けば、聖は初めからずっと言おうとしていたけれど、ユミの勝手な勘違いと、

お姉さまの悪ふざけに邪魔されて言うタイミングがなかった、との事。

一番迷惑こうむったのは、やっぱりセイなのかもしれない。

「それにしても、気持ちいいわねぇ」

「そうですねぇ」

お姉さまとユミは目を細めながら空を見上げた。空は一面の星空で、真っ暗な海から波音が聞こえてくる。

「明日・・・いえ、もう今日ね。今日は海へ行って貝でも拾いましょうか」

「はいっ!」

「・・・・・・・・・・・・」

突然のお姉さまの提案に、ユミは嬉しそうに返事などしている・・・それを聞いてセイはなんとも複雑な気分になった。

そりゃユミをお姉さまに紹介しようとしたのは事実だけれど、

このままではいつまでたってもユミと2人きりの旅行が楽しめそうにない・・・。

そんなセイの心を知ってか知らずかお姉さまは突然ユミの胸のあたりを指差し言った。

「お楽しみはお風呂の後にしなさいね、聖。そりゃ我慢できないのもわかるけど」

「ひゃあっ!!」

「う・・・・」

お姉さまは苦笑いしながらついさっきつけたばかりのキスマークをじっと見つめる。

セイは耳まで真っ赤にすると、心の中でそっと呟く。

・・・だって、まさかこんな所で会うなんて思わなかったんだもん・・・と。もうなんだか、本当にいっそ泣いてしまいたい。

「時に祐巳ちゃん?私はあなたを認めた訳じゃあないのよ?」

「へ?」

突然のお姉さまの言葉に、ユミは目を丸くした。

「な、何言い出すんですか!!突然!!!」

セイはユミの体をグイっと引き寄せてガッシリと抱きしめる。

しかし、お姉さまはニコニコ笑いながらセイをユミから離すと自分の方へと引き寄せ言った。

「だって、あなた赤薔薇でしょう?ウチは白薔薇・・・混ざったらピンクじゃない。嫌よ、そんなの」

「え、え〜と?」

「祐巳ちゃん、気にしなくていいから!!お姉さまの言う事に耳貸さなくていいからね!」

セイはそう言ってもう一度ユミを引き寄せキッと姉を睨む。

「あらあら、聖ってばいつからこんな反抗的になったのかしら。まぁ、姉としては嬉しいけれど・・・少し寂しいわ」

そう言ってわざと目を伏せて涙を拭うまねをするお姉さまに、今度はユミがセイを軽くにらみつける。

「聖さま、ダメですよ!大切なお姉さまでしょう!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

いつの間にかユミがお姉さまサイドについている・・・。これでは勝ち目なんて到底ない・・・。

嫁と姑が仲がいいという事は、旦那は非常にいづらい訳で・・・。

セイがトンチンカンな事を考えている間にも、ユミとお姉さまの話はどんどん進んでゆく。

「私は確かに赤薔薇ですが、ピンクの薔薇も綺麗ですよ?」

「・・・そうかしら・・・でも、威厳が足りないと思うわ」

お姉さまは少し考え込むような仕草をして、小さな溜息を落とす。

しかし、ユミはそんなお姉さまの手をギュっと握ると力強く言った。

「そうかもしれませんが・・・威厳は無くても、とても幸せな色だと思います!」

「まぁ確かに幸せな色ではあるわね・・・ピンクは」

というよりも、どうしてこんな事にこだわるのかがわからない。

セイはそんな事を考えながら割り込む隙もない会話に耳をかたむけていた・・・。

話はどんどん加速して、なんだかもう訳がわからない。

「そうでしょう!?お姉さま、私聖さまといるととても幸せなんです!だからピンクでいいんですよ!!」

サラっとそんな事をいうユミに、セイはパッと顔を赤らめた。

こんなところがユミの凄いところなんだろう、と心底思う。

しかしセイが感動に浸っているのに、それをぶち壊すのはお姉さまで・・・。

「そうね・・・そもそも私達もう薔薇様ではないしね」

「そうですよっ!だから色なんてどうでもいいじゃありませんか!」

「祐巳ちゃん・・・私感動した!!」

「聖さまのお姉さま!!!」

ガシっと抱き合う2人・・・お姉さまはチラリと一瞬こちらを向いてペロリと小さく舌を出した。

「・・・・・・っ!!」

きっとただこれがやりたかっただけだったんだ!!セイがそう思った時にはすでに遅かった。

ユミはそんなお姉さまの思惑とも知らず、素敵なお姉さまですね!などと笑顔で言ってくる・・・。

「祐巳ちゃん・・・キミはもう少し人を疑う事を覚えた方がいいかもしれないよ・・・」

セイはそう言ってユミの肩をポンと叩く。

いや、お姉さまが素敵な人なのは十分承知している。

承知しているけれど、相当な変わり者だという事も知っているだけに何とも言えない。

一癖の二癖もあって、決して思い通りにはならないし、決して束縛はしないし、顔で選んだとか言うけれど、

ちゃんとセイのする事を尊重してくれる・・・そんなお姉さま・・・。

けれど、こうしてお姉さまに旅先で会えたのは何かの運命なのだろう。

おかしな紹介の仕方になってしまったけれど、結果的にはなかなか良かったんじゃないだろうか。

ユミもお姉さまも上機嫌だし、そんなに悪い出会いでは・・・無かったんじゃないだろうか・・・。

「聖さま、ほら!見てください、流れ星流れてますよ!!」

「聖、ちゃんとお願い事しておかないと祐巳ちゃんに逃げられてからじゃ遅いのよ?」

「え、縁起でも無い事言わないでくださいよっ」

セイはそう言って腕を伸ばしお姉さまにはわからないようこっそりとユミを自分の方に引き寄せた。

ユミもそれがわかったのか、こっそりとこちらへ近寄ってくる。



三人は空を見上げ流れ星を待った・・・。




「ところで・・・今日はもう疲れたからお昼から行動にしましょ?」

「お、お姉さま・・・?本気で私達と回るつもりでいます?」

「あら、もちろん。ところでどこ行くの?」

「・・・さっき貝拾うとか言ってませんでした?」

「ん〜・・・この歳になって貝拾いもねぇ・・・祐巳ちゃんどこか行きたい所ないの?」

「えっ!?わ、私ですか・・・そうですねぇ・・・えっと、皆で楽しく遊べるような所がいいです!」

「ふむ・・・じゃあそういうわけだから聖。しっかり考えておいてちょうだいね」

「よろしくお願いしますね!聖さま!」

「えっっ!?」

セイは持っていたタオルをポトリと落とすと、その場に固まる。



ああほら、こうやってこれからも苦労するんだろうな・・・きっと。

セイは苦笑いを浮かべながら、脱衣所へ向かう2人の後を追った。





きっと幸せなんだろう。


どんな出会いでも、そう思えるようにありたい・・。







今日のお題:「えっと、皆で楽しく遊べるような所がいいです!」

祐巳ちゃんの言う皆で遊べる楽しい場所・・・ってどこでしょう?

皆様のネタおまちしております!




幸せな日々   第九話