願い事をしよう。
神様にじゃなく自分に。
願い事をしよう。
神様じゃなく・・・キミに。
「せぇさまぁ・・・ま、まだですかぁ?」
「もうちょっとだから!!」
「はぁ、さ、さっきから・・・はぁ・・・そればっかり・・・全然つかないじゃないですかぁ〜」
「さっきっからって・・・二分おきに聞かれてもね?答えようがないでしょ?大体祐巳ちゃんは運動不足なんだよ」
セイはそう言ってユミの背中に回り、後ろから押してやる。
初めはあんなにも機嫌よくセイの腕にまとわりつきながら山登りをしていたのに、今はどうだ。
二分おきにまだ?まだ?と聞いてくる。いい加減セイもイライラを通り越して、すでにあきれ果てていた。
はぁ、はぁ、と肩で息をするユミ。セイは片手でユミを押しながら、もう一方の手でパンフレットを広げ場所を確認する。
山の上にあるモノ・・・それはきっとユミも気に入るに違いない。
セイは喜ぶユミの顔を想像しながら、山の頂上を目指した。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・ほら、祐巳ちゃん・・・見えてきたよ」
息が上がって呼吸が出来ない。体力にはそこそこ自信はあるが、流石にこれはキツイ。
セイは重い足を、どうにか前に前に進めながらやっとの思いで見えてきた頂上を指差した。
「えっ!?あ、ほんとだ!!やっと頂上ですね!!」
「ね、そ、そろそろ降りてくれない?」
セイは、もうダメ!と言わんばかりにユミを背中から下ろすと、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「せ、聖さま!?だ、大丈夫ですか?」
ユミは心配そうな顔をしてセイの額にうっすらとうかぶ汗をハンカチで拭う。
しかしセイは、もう笑う余裕すらないのだろう。真顔でユミをじっと見つめ何か言いたげだ。
「な、なんですか?」
あまりにもセイが真面目な顔でこちらを見つめるものだから、ユミは恐る恐るそう聞いてみた。
するとセイは一瞬ニッコリと笑ったかと思うと、またすぐに真顔になってユミの肩をガシっと掴む。
「祐巳ちゃん・・・家に帰ったら運動・・・しようね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あまりにももっともなセイの言葉に、ユミは何も言い返すことが出来なかった。
結構急な階段をかれこれ15分はセイにおぶってもらっていたのだから、何も言える訳がない。
しょんぼりとうな垂れるユミの肩を掴むセイの手にさらに力がこもる・・・。
「返事は?」
「は、はい・・・頑張ります・・・」
「よろしい。それじゃああとちょっとだからがんばろ?」
セイはユミの肩から手を下ろすと、かわりにユミの手を握る。ユミの手は冷たくて、とても気持ちよかった。
まだ不安そうにこちらを見るユミにセイはにっこりと笑いかけて頭をポンポンと軽くと、
ようやくユミは安心したようにセイの手をギュっと握り返してくれた。
「はい!」
「うわ・・・すご・・・」
「綺麗だねぇ」
セイは目を細めると柵に腰掛け地平線の彼方に目をやった。
目の前に広がる一面の海は、とても穏やかに波打っている。
以前海に行ったときよりも高い所から見る分、海はとても広く青く見えて・・・。
「まるで空から見てるみたい・・・」
ユミはポツリとそう呟くと、セイの隣にピットリと寄り添った。
セイもそんなユミの肩を抱くと、ただコクリと頷く。
切り立った崖のような場所から景色を見ていると、本当に鳥にでもなった気分だ。
「私達なんてさ・・・この景色に比べればちっぽけなもんだよね・・・」
「せ・・・いさま?」
ふと、そんな事を呟くセイにユミは何故か胸騒ぎがする。
きっとまた何かいろいろ考え事をしているのだろう。切なげな表情や薄い笑みを浮かべる口元がそれを物語っている。
「でもさ。それでも私達は必死に生きていかなきゃならない。
この景色はこんな私達の事・・・どんな風に見てるんだろうね。
私達と同じように・・・綺麗だと思ってくれてるのかな?」
こんな雄大だと思えるような景色を見たとき、何故かそんな風にいつも思う。
人間なんて海や空から見ればすぐに消えてしまう一瞬のもので、とても儚いもの。
そんな人の命を、自然はどんな目で見ているのだろうか・・・。
「どうでしょうか・・・動物はともかく、人間は嫌われてるかもしれませんね・・・」
ユミはセイの腕をキュっと抱くと、セイがどこかに飛び立ってしまわないよう祈りを込める。
流れるような繊細な心をもつセイにとって、自然はきっと大きくて綺麗すぎて辛いのかもしれない。
人間の醜さや愚かさみたいなものを、セイはきっと深く感じているに違いないから・・・。
「・・・珍しいね、祐巳ちゃんがそんな風に言うの。そんな事言うのはいつも私じゃない?」
「・・・そうですね・・・でも、聖さまの隣に居ると何故かそんな風に思える事があるんですよ・・・」
悪い意味ではなく良い意味でそんな風に思える。
良い所ばかり見ていて醜い所から目を逸らす事は、罪なのだと言う事をセイは教えてくれた。
しかしセイは、にっこりと微笑んでユミをさらにきつく抱きしめる。
「そう?私も祐巳ちゃんに大事な事、教わったよ?」
そう・・・とても大事な事をユミに教わった。いつも悲観的な事ばかりを考えていた自分にとって、
ユミは太陽みたいにいつもキラキラと輝いていた。ユミを見ていて人は無駄ではないかもしれないと思った。
精一杯生きる事、守らなければならないもの、決して壊してはいけないモノ、手放す事など出来ない存在があるということを。
「・・・・・私何もしてませんよ?」
「うん。だから祐巳ちゃんはいいんだよ。気づかないうちに心を・・・精神を洗ってくれるから」
どんなに醜くても、汚くても、ユミの傍に居れば綺麗にできる。いつでも幸せで居られる・・・そんな簡単な事をユミに教わった。
人は誰かの傍でこそ、一番輝けるのだ、という事を・・・。
「・・・そんなもんですか・・・」
「そんなもんです」
ユミはにっこりと笑ってセイを見上げる。セイもまた、ユミを抱き寄せてその暖かさを確かめる。
こんな二人は・・・全てのモノに一体どんな風に映っているのだろうか・・・。
「さて、本日のメインイベントです、祐巳ちゃん」
「メインイベント?でもそろそろ日も沈みますよ?」
ユミはチラリと腕時計を確認しながら不安そうにセイに袖を引っ張る。
しかしそんなユミには目もくれずセイはクルリと踵を返し、高台の反対側へと移動し始めた。
ユミは何も言おうとはしないセイの後に渋々ついていくと、突然目の前に現れた建物に目を見張った。
「せ・・・さま・・・こ、これは・・・」
ユミは口元を押さえながらセイを見上げる。セイはただ笑うと、小さくウィンクを返してくれた。
「そ、教会。祐巳ちゃんこんなの好きでしょ?」
「はっ、はい!!大好きです!!!!」
「だろうと思って。これを見たくてここまで来たのよ」
セイはそう言って一人先に走ってゆくユミの背中を眩しそうに見つめていた。
「聖さまぁぁ〜は〜や〜く〜!!」
「元気だねぇ・・・」
「聖さまっ!!!走って!!!」
「ハイハイ!分かったってば」
セイは困ったような笑みを浮かべるとユミの元へと小走りしてゆく。
必死になって手を振るユミの姿が、何故か少しだけ懐かしいような・・・そんな気がした。
どこかで見たような・・・そんな感覚に囚われる。夢の中でだろうか・・・それとも前にも同じような事があっただろうか・・・。
どちらでもいい。今があれば、それで十分だ。
セイは小さく頭を振ると、ユミの元へと急いだ・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
教会の壁は夕日でピンクに染まっていた。
漆喰でできた壁にはところどころに蔦が這っていて、そう新しいモノでもないことを思わせる。
屋根についている十字架が夕日をバックに紅い光を放ち、セイとユミの頬までも紅く染めた・・・。
重く軋むドアには鍵はかかっておらず、誰でも入れるようになっている。
セイはユミを後ろにどかすと力いっぱいドアを押し、ユミに中へ入るよう促した。
「ふわぁぁ・・・きれい・・・」
左右についているステンドグラスから淡いピンクの光が降り注ぎ、
正面のマリア様のステンドグラスは得も言われない暖かな光に満ち溢れている。
マリア様は節目でどことなく口元がほころんでいて差し込む光によってさらに幸せそうな笑みを浮かべていた。
「もう・・・ちょっとかな・・・」
「何がです?」
「ちょっとね・・・ところで祐巳ちゃん。どうして私はここに来たかったでしょうか?」
キョトンとするユミの唇に、セイは人差し指をあて質問する。
「え・・・私に見せたかったんじゃないんですか?」
それ以外に何があると言うのだろうか。というよりもさっき自分で言ってたくせに・・・。
ユミはそんな事を言いながらセイを見つめると、
セイはまるであのステンドグラスのマリア様みたいな笑みを浮かべゆっくりと首を振った。
「ハズレ。それだけじゃないんだよ、祐巳ちゃん」
「?・・・じゃあなんなんです?」
「教会って何するところ?」
ユミの問いにセイはもう一度にっこりと笑うと、ヒントを出す。
しかし、ユミはまだ目を白黒させて百面相をしているもんだから世話がない。
「教会は・・・ミサ・・・と、後は・・・結婚式・・・ですか?」
でもそれが一体どうだというのだろう。どちらも二人きりでは出来ない。
「そう、結婚式。当たりだよ、祐巳ちゃん。・・・といってもホンモノは出来ないけど・・・そろそろかな?」
セイはそう言ってユミを祭壇の前まで引っ張っていくと、本来花嫁さんが立つ所に立たせた。
そして自分はユミの正面に立ち、優しくユミの頬を両手で包む。
「え・・・」
ユミはこれから何が起こるのかわからずに、ただセイの瞳を見つめていた。
いつも見慣れているはずのセイの瞳に、何故か心臓はドクドクと早鐘のように打つ。
「ねえ、祐巳ちゃん・・・本番はまだ出来ないけど・・・予行練習は出来ると思うんだ。
もちろん指輪も何も用意してないけど、誓いのキスなら・・・出来るじゃない。二人居れば・・・」
「せ・・・い・・・さま・・・」
「祐巳ちゃん・・・愛してるよ」
セイはそう言ってゆっくりとユミの唇に自分の唇を近づけてゆく・・・。
愛しくて愛しくて、切なくて苦しくて・・・息も出来ないほどの想いが、溢れてしまいそうで・・・。
「私も・・・愛してる・・・聖・・・」
ユミは瞳を閉じ、その時を待った。セイの吐息をすぐ傍で感じる・・・それだけで心臓が・・・身体が熱く、溶けそうで・・・。
二人の唇が重なった瞬間・・・大きなベルの音が鳴り、
ステンドグラスのマリア様の下のパイプオルガンから『主よ、人の望みよ喜びよ』が流れ始めた・・・。
熱い・・・泣き出してしまいそうなキス・・・教会の鐘の音と、パイプオルガンの奏でる神聖な音が更にそれを加速させる。
唇を離してしまうのが惜しいぐらい感情は昂ぶって、知らぬ間に涙が溢れてくる。
「祐巳ちゃん・・・どうして泣いてるの?」
不意に涙が出てしまう気持ち。それはセイにもよくわかる。
痛いほど想っても狂おしいほど遠くても、それでも少しでも近づきたくて愛したくて・・・。
ユミが今どんな気持ちで涙を流しているのか・・・それはセイには解らなかったけれど、
きっと辛い涙ではなかったから・・・きっと自分を想って泣いてくれているものだから・・・。
「わか・・・んない・・・」
優しくそんな事を言うセイにユミはしがみついて、後から後から溢れてくる涙の意味さえ・・・解らなかった・・・。
「ほら・・・みて、祐巳ちゃん」
セイはそう言ってユミを連れて教会のドアの部分に開けられた、四角い窓を指差した。
入るときはただの窓だと思っていたけれど、中から外をみるとそこは・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「まるで絵みたいでしょ?この景色は、祐巳ちゃんと見たかったんだ…どう?気に入ってくれた?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何も言えない・・・ただ頷く事しか出来ない。
教会の中の幻想的な世界に音・・・それだけでも十分すぎるほどなのに、そこからの景色は本当に絵画のような景色で・・・。
外からは見えなかったマリア像が、紅く染まった空と海を背にこちらに向かって微笑みかけている。
とても・・・とても優しい笑みを浮かべて・・・。
「聖さま・・・さっきの取り消します・・・」
「さっきの?」
「はい・・・やっぱり、自然も動物も人も・・・全て一つなんです・・・だから・・・きっと・・・」
ユミはそこまで言うのがやっとだった。せっかく止まったはずの涙がまた溢れてきたのだ。
「そろそろ旅館に帰ろうか」
「・・・はい・・・」
ユミはセイに抱きかかえられるように支えられながら、教会の外に出た。日は限りなく傾いてもうすぐ海に還る頃だろう。
そしてまた違う場所で違う海を照らすのだ。
その場所によって争いや戦いが起こり、命尽きるモノもあるかもしれない。
それでも、今の自分達みたいに幸せな日を過ごすモノもあるのだろう・・・。
そしてまた、明日の幸せを願い眠りにつく・・・そんな事を思うと、胸はキュンと苦しくなり、また涙が零れる。
「なんだか・・・泣いてばっかりですね・・・私」
えへへ、と笑うユミに、セイは切ないような嬉しいような複雑な顔をして笑った。
「祐巳ちゃんの涙は・・・綺麗だね・・・」
と。
「ところで・・・どうして聖さまあの時間に鐘と音楽が鳴るって分かったんですか?」
旅館までの帰り道の途中、ふとユミはずっと気になっていた事をセイに聞いてみた。
「だって、一時間ごとに鳴ってたから時報なのかな?と思って・・・て、祐巳ちゃん気づいてなかったの!?」
セイは驚いたように目を丸くした。
「ええ!?鳴ってましたか??全く気づきませんでした・・・。
聖さまって・・・ほんと、サプライズに関しては天下一品ですよね・・・」
「全く気づかない祐巳ちゃんの鈍さも天下一品だと、私は思うけどね」
セイはそう言うと、一目散に走り出した。
「せっ、聖さま!?それって私が鈍くさいってことですか!?そうなんですかっっ!!」
ユミはセイの後姿を追いながら、決して見失う事のない背中を愛しく感じた・・・。
ねぇ、聖さま・・・明日は何が起こるんですか?
時が経つにつれて風化する心。
時が経つ事によって失くす気持ち。
時が経っても変わらない心。
時が経つ事によって・・・育つ気持ち・・・。
今日のお題:ねぇ、聖さま・・・明日は何が起こるんですか?
さて、明日は聖さまどんなサプライズを仕掛けてくるんでしょうか?
祐巳ちゃんはまた泣いてしまうのでしょうか?それとも笑うのでしょうか?
いろいろなネタ、お待ちしてます!!