時間よ、このまま止まれ。


この時間が・・・この時が永遠になるように・・・。




島についたら一休みしようね?と言っていた通りセイは旅館について部屋に入るなり、

そのままゴロンと床に転がった。

「はぁぁぁ・・・一時はどうなるかと思ったけど、良かった・・・無事について・・・」

「でも聖さま?帰りも乗るんですよ、フェリー」

「うっ・・・」

ホッと安堵の息をついていたセイに、ユミが意地悪な笑みを浮かべる。

セイはよっこいしょ、と起き上がって荷物の整理をしているユミにズイっと近づく。

「な、なんですか」

突然近づいてきたセイに、ユミはタジタジと後ろに下がった。

それでもセイがユミを追い詰めると、ユミは少し強張った表情でこちらをみている。

「祐巳ちゃんてさ・・・」

「は、はい」

ユミは息がかかりそうなほど間近に迫ってくるセイの目を見ようとしたが、それは出来なかった。

セイの暗い灰色の瞳は、ユミを縛り付けるように動けなくさせる。

ほんの少し垂れ気味の目は、セイの顔をさらに甘くさせているように思う。

高すぎず低すぎない心地よい声に、頭の中はぼーっとしてくるのがわかる・・・。

甘い顔に甘い声・・・セイのどこをとっても欠点らしい欠点が見つからない。

「せ・・・聖さま・・・?」

息が出来なくなる・・・苦しくて、切なくて・・・それだけ言うのがやっとという感じだ。

それでもセイはなおもまじめな顔でユミに近寄ってきて、とうとうセイの息がはっきりと感じられるほどの距離まで近づいた。

「せっ、聖さまってば・・・」

「ねえ、祐巳ちゃん?祐巳ちゃんて・・・よく見ると本当に可愛いよね・・・」

セイはそう言ってさらにユミを追い詰めた。ユミの顔がたちまち紅く染まっていくのがわかる。

大きな瞳にはうっすらと涙まで浮かべて、まるで誘っているかのようで・・・。

いや、実際は怯えているのかもしれないけれど。

セイは人差し指でユミのアゴを支え、ほんの少しだけ上を向かせる。

するとユミは観念したように、ゆっくりと瞳を閉じた・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ぎゃうっ!?」

ユミは一体何が起こったのかと、思わず瞑っていた目を開ける。

すると、さっきまであんなに真面目だったセイの顔が、今度はしまりなく緩んでいるではないか。

「なっ、なっ!!!」

「ビックリした?」

セイはそう言ってペロリと舌なめずりをして小さく、ご馳走様、などと言う。

「はっ、鼻・・・」

ユミは目を白黒させながら慌てて鼻を押さえると、フルフルと肩を震わせる。

「ん?」

「はっ、鼻噛んだーーーーっっっ!!!!」

「だって、祐巳ちゃんがあんまりにも可愛くてさ。可愛いと食べたくなるじゃない?」

ケロっとそんな事を言うセイに、ユミは顔を真っ赤にして叫んだ。

「た、食べ方にしてももっと他の食べ方があるでしょう!?」

「へぇ?例えばどんな?教えてよ、祐巳ちゃん」

セイは口の端だけを上げてニヤリと笑みを浮かべると、ユミの頬を手のひらでそっと撫でる。

「ど、どんなって・・・それは、その・・・」

「うん?ちゃんと教えてくれないと、私わからないなぁ」

「うっ・・・や・・・その・・・」

「祐巳ちゃんはどうして欲しかったの?私に」

「だっ、だから・・・」

「だから?」

ジリジリと追い詰めるセイ・・・逃げるユミ。

ニヤニヤするセイとは裏腹に、ユミの表情はめまぐるしく変わる。

「き・・・」

ど、どうしよう。きっとここでキスして欲しいなどと言ったら、今度はどんな手でからかわれるかわからない。

それに、自分からそんな事を言うのは・・・とても恥ずかしい・・・。

「き?」

言ってほしい。ちゃんと。

ユミの意思表示が聞きたい・・・そう願うのはわがままだろうか?自分勝手だろうか?

セイがさらに近寄ると、ユミは後ろの壁にぶつかってしまった。

「もう!!!!!!聖さまきらいっっ!!!!キスしてよっっっ!!!」

「へっ!?う、うん」

全く考えて無かったユミの反応に、セイは思わずコクリと頷き今にも泣き出しそうなユミに口付ける。

するとユミは安心したようにセイの胸に飛び込んできて、へへへ、と笑う。

「恥ずかしかった」

「・・・・・・・・・・・・・・」

そう言って笑うユミの顔は、どこかとてもスッキリして見える。

ああ、そうか・・・きっと私は一生こんな感じなんだろうな・・・。

セイはケイに言われた一言を思い出しながら、胸のあたりで恥ずかしそうに笑うユミを抱きしめた。






「ねぇねぇ、聖さま!一休みもしたし、そろそろ出かけましょうよ!!」

「んー?もうちょっとだけ〜」

「そう言ってもう一時間ですよ!!いい加減足が痺れてるんですけど・・・」

ユミはセイの頭を両手で抱え畳にゴロンと転がすと、ゆっくりと両足を伸ばす。

痺れはきれていないものの、足がジンジンして感覚が無い。

「ひどいよ、祐巳ちゃん・・・大好きな聖さまの頭なのに・・・」

セイは、ヤレヤレといった感じで身体を起こすと、これみよがしに頭をさすってみせる。

「何言ってんですか。私が好きなのは中身ですよ」

「・・・祐巳ちゃん・・・」

セイはシレっとそんな事を言うユミの言葉に、嬉しいやら恥ずかしいやらで、思わず両手で顔を覆う。

しかしユミは、そんなセイにはお構いなしにこう続けた。

「でも中身よりも、顔が好きなんですけどね」

「え・・・か、顔・・・そ、そう」

なんだろう。昔は中身よりも外見を褒められる方が嬉しかったのに、何故かユミに言われると複雑だ。

「なんてね、冗談ですよ!どっちも大事ですよ、私にとっては」

「う、うん。ありがとう。私も祐巳ちゃんの顔も中身も好きよ」

セイはそう言ってユミの頬に軽くキスをすると、すっくと立ち上がった。

な、なんだろう・・・すごく複雑だ・・・。

まぁでも、外見にしても中身にしても好かれるにこした事はないと思うのだけれど、何故か腑に落ちない。

本当の所、ユミは一体自分のどこが好きなんだろう?こんな自分でも、どこかいい所があるのだろうか。

人には必ず長所があると言うが、そんなもの自分ではなかなかわからない。

もしかすると、ユミもこんな風に悩んだりする事があったりするのだろうか?

そうだったら嬉しい・・・なんて言ったら、ユミは怒るだろうか・・・。

セイはユミの腕を引き上げ立たせると、さっきとは違う、深い深いキスをした。



「これよるとね、この近くに洞窟があるらしいんだけど・・・行ってみる?」

セイはガイドマップを片手に民宿の裏にある山を指差した。

「洞窟・・・ですか。でも・・・暗いでしょう?」

セイの服の裾を不安そうに引っ張るユミが、どうしようもなく愛しい。

「そりゃ洞窟だからねぇ。でもなかなか体験できないと思うよ?」

「そ、そうですよね!聖さまも居ますし・・・大丈夫ですよね!」

ユミはそう言ってキッと顔を上げセイの裾を強く握り締める。暗い所は苦手だけれど、大丈夫。セイが居るんだから。

そう思うだけで、何故か強くなれるような気がするから不思議だ。

そしてそんなユミの不安を感じ取ったかのように、そっと何も言わず手を差し伸べてくれるセイの優しさが、

心をキュンとさせる。甘いような苦しいような・・・そんな不思議な感覚。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「せ、聖さま・・・ここに入るんですか・・・?」

「うん。やっぱり止めとく?」

「え、ええ・・・だ、だってここ・・・洞窟・・・ですか?私には洞穴に見えるんですけど・・・」

「えー?似たようなもんじゃない。どっちも穴でしょ?」

「や、まぁ、それはそうですけど・・・でも、ほら、雰囲気とかが違うじゃないですか」

「でも祐巳ちゃんがそんなに言うなら止めとこうか。

でも・・・残念だなぁ・・・せっかくどんな願いでも叶うっていう伝説の蓬莱見れると思ったのに・・・」

セイはそう言ってユミの手をひき元来た道を帰ろうとすると、何かがクンと引っ張った。

「そ、それは・・・本当ですか?」

「はっ?」

「その伝説は・・・本当なんですか?と聞いてるんです」

「う、うん。さっきフロントで聞いたらお姉さんがそう言ってたよ?」

ユミの鬼気迫る表情に、セイは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

一体どうしたというのだろう・・・さっきまであれほど怖がっていたのに、そんなにも何かお願い事をしたいのだろうか・・・。

「入りましょう」

「だ、大丈夫なの?怖いんでしょ?」

一体どうしたというのだろう・・・まるでユミに何かが憑依したみたいだ。

「大丈夫ですよ・・・多少の暗闇や蝙蝠なんて・・・ぜ、全然怖くないですから」

そう言うユミの声は上ずっていて、セイの手を握る手にも力が入っている。

「・・・怖いんじゃない」

「いいえ!怖くなんかないですっ!!」

ふるふると震えているくせに、怖くないという。そんなユミは面白い上に可愛い。

セイはそんなユミの手をひき、首に腕を回すとしっかりと身体を密着させた。

「これだけくっついてれば怖くないでしょ?私の腰にしがみついてればいいよ」

「は、はい〜」

ユミはギュウっとセイの腰に腕を回し一歩、足を踏み出した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「ほ、ほんとにこっちなんですか?聖さまぁ」

洞窟の中は思ったとおり真っ暗で、何も見えない。下手をすれば隣に居るセイの顔すらも見えないのだ。

こんな時に考えるのは必ず怖い事で、もし今掴まっているのがセイではなく実は骸骨だったら・・・とか、

本当のセイは実は既に違う世界に・・・とか、そんな事ばかり考えてしまう。

「んー。どうだろ?道に迷っちゃったのかも」

「ちょ、な、何言ってるんですかぁ!!だから懐中電灯か何か持ってくれば良かったんですよぉ」

「そんな事言ったって、それらは全て置いて、って入り口の看板に書いてあったじゃない」

そう、入り口の看板にはしっかりとルールなるものが書かれてあった。

『蓬莱の前に光はいらない。真の願いを持つモノだけが、蓬莱に辿りつく事が出来る』

と。それにそもそも懐中電灯なんてはなから持ってきては居なかったのだから、それ以前の問題なのだが。

「せ、聖さま・・・ちょ、ちょっと待ってください〜・・・」

ユミはセイの腰に掴まりながら必死になって顔を見ようとした・・・が、やはり暗すぎて見えない。

それなのにどうしてセイはこんなにも暗闇の中で物にぶつからずに歩けるのだろうか・・・。

ユミは急に不安になってセイに抱きついている腕に力を込めた。

すると、セイはようやく立ち止まりユミの頬に触れて言う。

「今度はどうしたの?何がそんなに怖いの?」

セイの優しい声が洞窟の中に響く。

ユミは手探りでセイの顔がちゃんとあるかを確かめると、グスと鼻をすすり始めた。

「だって・・・聖さま見えないんだもん・・・もし聖さまじゃなかったらって思ったら・・・怖くて・・・」

「祐巳ちゃん、大丈夫。私はちゃんとここに居るよ。祐巳ちゃんの隣に居る。ほら、おいで。抱っこしてあげるから」

セイはそう言ってユミの方に手を差し出すとユミの腕を掴む。その手はとても暖かくて優しい。

「・・・抱っこ・・・?」

「そう、抱っこ。そしたら私の顔もちゃんと見えるでしょ?」

「で、でも・・・私重いですよ・・・」

オズ、と近寄ってくるユミを、セイはグイっと抱き上げるとにっこりと笑って言う。

「もう、慣れた」

セイはそれだけ言うとユミの顔を見つめる。さっきまでは不安そうだった顔が、今はもうすっかり安心しきっている。

「どう?これでちゃんと私の顔見えるでしょ?」

「はい・・・ちゃんと見えます」

「よろしい。それじゃあ蓬莱探そう」

グス、と鼻をすするユミを肩に感じながらセイは思った。

いつまでもこんな風に居られたらいいのに・・・と。出来るなら結婚とかもして、子供も一人ぐらい居てもいいかもしれない。

仕事から帰るとユミが出迎えてくれて、たまには喧嘩するかもしれないけれど、

それでも次の日は、ユミがまた笑顔で送り出してくれて・・・。

一緒に歳を重ねて死ぬ間際に幸せだったと言って逝きたい。いつまでも笑って過ごせるような・・・そんな人生がいい。

「ねぇ、聖さま?聖さまはどんなお願い事します?」

「内緒。祐巳ちゃんは?もう決まってるの?」

「はい!ちゃんと決まってますよ」

「そう・・・叶うといいね」

「・・・叶いますよ・・・きっと聖さまと一緒だから・・・」

「え・・・?」

「いえ、なんでもありません。それよりも、ほら!あそこ!!」

ユミの顔がパァっと輝いた。セイはユミの指差した先を見るなり、ようやく安堵のため息を落とす。

セイはユミを下に下ろすと、また手を繋いで歩き出した。

うっすらと光る淡い光は、この世のモノとは思えないほど美しい。

これならば本当に願い事も叶うかもしれない、と思ってしまう。

二人はそっとその光る珠に近づくと、珠の上に手をかざした。

ボゥと青白い光が一瞬大きくなったように見えたのは、きっとセイの気のせいなのだろう。

セイとユミはお互い顔を見合わせ、手をギュッと握り、心の中で呟いた・・・。

     祐巳ちゃんと
『どうか、       私が、いつまでも幸せでありますように・・・』
     聖さまと 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「ねぇ、聖さま?こっちから入れば早かったかもしれませんね?」

ユミはそう言ってたった今出てきた洞窟の出口を見つめた。

「それは反則だってば。それに・・・ここに出口があるって事はこれ・・・洞窟じゃないよね」

セイも苦い笑いを浮かべながら出口を見つめる。

行きは散々だったけれど、帰りはなんだかあっという間に外に出る事が出来て少し拍子抜けだ。

でも、この中で二人が得たモノは案外多いのかもしれない・・・。

たとえ願いが叶わなくても、叶うよう努力すればいい。

簡単な事だけれど、もしかすると、どんな数式よりも難しいかもしれない。

だからたまにはこうやって神様の力を借りるのも悪くはない。

セイはフッと笑うと、伸びをしながら深呼吸をしているユミをみつめて、そう思った・・・。

「そうそう、祐巳ちゃん。まだ時間がたっぷりあるからこの山登ってみない?」

「いいですよ!上には何があるんですか?」

楽しそうなセイの顔に、ユミまで楽しくなってくる。

セイの腕に自分の腕を絡めると、弾んだ心と比例するみたいにその場でクルクルと回った。

「さぁねぇ。それはついてからのお楽しみって事で!」

ほんの少し意地悪な笑みをうかべるセイ。

ユミに腕を引っ張られながら、ほんのささやかな幸せに身を委ねた・・・。






願い事をしよう。


神様にじゃなく自分に。


願い事をしよう。


神様じゃなく・・・キミに。




今日のお題:「さぁねぇ。それはついてからのお楽しみって事で!」

さて、聖さまパンフレットに何を見つけたのでしょう?

楽しい旅にするために、皆様、今日もよろしくお願いいたします!!












幸せな日々   第五話