もし、キミが夢を見ているなら、
そこに私は出てくるのかな?
キミの夢の中で、私はどんな風に愛を囁くんだろう。
キミの夢の中で、私はどんな風にキミを抱きしめるんだろう。
「はぁ・・・大丈夫かな、私・・・」
セイは目の前の大きな船を見上げてポツリとそう呟いた。
「どうかしたんですか?」
なんだか夜行列車の時とはうって変わったセイの態度に、ユミは荷物を抱えなおしながら首をかしげる。
セイはそんなユミに、持ってあげる、と言って荷物を持ち替えながら続けた。
「いやさ、昔コイツに乗った時、私思い切り酔ったんだよね・・・まぁ当時は小さかったっていうのもあったのかもしれないけど・・・」
「えっ!?だ、大丈夫なんですか??」
「んー・・・わかんない。でも、出来れば薬とか飲みたくないんだよね」
セイはそう言って照れくさそうに頭をかいてみせる。
「どうして!?一応飲んでおいた方がいいと思いますよ?」
ユミは心配そうな顔でセイを見上げると、貴重品ばかり入った小さなバッグからクスリの箱を取り出すと、
それをセイに渡した。セイはその箱を受け取るなり箱をひっくり返して口元に手を当てて何か考え込んでいる。
「聖さま?お水買ってきましょうか?」
ユミの問いにセイは黙って首を振ると、ユミにクスリを返した。
「飲まないんですか?」
「うん。やっぱりやめとく。せっかく祐巳ちゃんと二人だけの旅行なのに眠っちゃったらなんか損だし」
セイはそう言ってヘランと笑ってユミの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「・・・・・・・・・・・・」
ユミは頭をガシガシと撫でられながらそっと下を向き、思わずにやけてしまう口元を押さえた。
よく恋愛ものの漫画とか小説を読んだ時に思わずにやける事があるけれど、今まさにそんな感じだと思う。
普段と大して変わらない口調や内容なのに、どうしてこんなにも口の端が上がってしまうのか・・・。
多分ユミは今、相当気味が悪いんだろうな・・・と自分でも思った。
セイはきっと、いつまでも俯いているユミに不振な目を向けているに違いない。
でも・・・こんな事で自分の気持ちが揺れるだなんて事・・・まだセイには教えてやらない。
「祐巳ちゃん?も、もしかして怒ってる・・・?」
ユミがいつまでも黙って俯いているので、セイは少し不安になった。
クスリを飲まない事で怒っているのだろうか?それとも他に何か気に障るような事言っただろうか・・・?
ついさっきした会話の内容を思い出してみても、特にひっかかるような事などない。
こんなときに思う。ユミと自分の距離は、近いようで遠いんだな、と。
未だにユミの怒るような事をサラっと言ってしまうし、逆にどこでユミが喜ぶのかもわからない。
なんだか昔の方がユミの考えている事が解っていたような気さえする。
どんどん距離が離れるような気がする事もあれば、とても近くに感じる事だってある。
この微妙な距離感が悪いとは言わないけれど、たまにどうしようもなくもどかしく感じる事だってあるわけで。
他人には多くを望まないけれど、ユミには解ってほしい事や、ユミだから許せる場所もある。
セイはようやく顔を上げてニッコリと微笑むユミを見て、心の中で呟いた。
『ほら・・・やっぱり何考えてるのか解らない・・・』
怒っていたのかと思えば笑っているし、泣いたかと思えば怒り出す。
百面相の得意なユミだからこそなのかもしれないけれど、本当に喜怒哀楽が激しいというか何と言うか・・・。
「祐巳ちゃんて・・・難しい・・・」
ポツリとそんな事を言うセイに、ユミは一瞬キョトンとした顔をしたけれど、すぐにお腹を抱えて笑い出した。
「聖さまは鈍感ですよね。昔はもっと敏感な人なのかと思ってましたけど…自分の事はほんとにダメなんですね!」
「・・・私、そんなに鈍感かなぁ・・・」
ションボリとするセイが、何故か妙に寂しげで情けなさそうで、余計におかしい。
「鈍感ですよ、聖さまは。自分の事になるとまるっきりわからないみたいだし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ジブンノコトニナルトワカラナイ・・・。一体どういう意味なのか・・・そう言えば前にヨウコにも言われたっけ。
セイはそんな事を考えながら親友のヨウコの顔を思い浮かべてみた。
少し怒ったような、泣き出す一歩手前みたいな顔でセイにユミと同じような事を言っていたっけ。
アナタハジブンニタイスルオモイハワカラナイノネ。
あの時はヨウコの言っていた言葉が理解出来ず、何を言いたいのかが全く解らなかったけれど、
今ユミに言われてようやくわかった。
結局、誰かの感情に自分への感情を見つけた時、自分でも知らぬ間に目隠しをしてしまうのだ。
そうしてしまう原因とか理由とかは解らないけれど・・・。
だから、ユミの瞳がサチコを追っていたときは、ユミの考えている事が手に取るようにわかった。
それなのにどうだろう。一旦自分の方を見てくれるようになった途端に、ユミの気持ちが解らなくなってしまった・・・。
セイがそれをユミに伝えると、ユミは綺麗に微笑んで優しく言った。
「本当に鈍感ですね、聖さまってば・・・だからこそ、一緒に居て楽しいんじゃないですか」
と。
ボォォォォォォォォォ・・・・・・・。
船の汽笛が、すぐ近くで聞こえた・・・。
荷物を船に預けた後、二人はデッキに出て海を眺めていた。
船が動きだすと、セイは妙にビクビクしていて、なんだかいつもとは逆の立場にユミはほんの少し嬉しかった。
「う、動きましたよ!聖さま!!」
「・・・そりゃ動くよ・・・動かなきゃ目的地につかないじゃない」
「そうですけど・・・でも不思議ですよね・・・。
飛行機でもそうですけど・・・こんなにも重いものがどうして沈まずに水に浮くんでしょうか・・・」
ユミが何の気なしに言った言葉に、セイはピクリと肩を震わせる。
そして少し青ざめた表情でクルリとユミんほ方を向いて言った・・・。
「そうなんだよ・・・原理は分かるんだけど、どうしてもそれが信じられないんだよね・・・。
実際、沈んじゃう船だってあるわけじゃない?そんな事考えるとさ・・・出来る限り波の無い時に乗りたいのよ、船は。
だってさ、もし救命ボートとか足りなくなって泳がなきゃいけない事になったらどうする?
私だけだったらまだなんとかなるかもしれないけど・・・祐巳ちゃんも居るわけだし、祐巳ちゃんかついで泳ぐとなると、
これはもう、丸太とか何か浮くもの探さなきゃならないよね?
でもさ、こんな海のど真ん中にそんなモノが浮いてる可能性なんてほとんど無いわけじゃない。
そしたらやっぱり意地でも祐巳ちゃん連れて岸に辿りつかなきゃならないわけで・・・。
あぁ・・・もっと体力つけてから乗れば良かった・・・」
セイは、まるで早送りしたみたいに一気にそこまで言うと、フラフラとデッキに置いてあったイスに腰掛ける。
「聖さま・・・そんな事ばかり考えてるから酔うんですよ・・・」
ユミはセイのすぐ隣のイスに腰掛けると呆れたような顔で言う。
まさかセイがこんなにも船恐怖症だとは思ってもみなかったから、なんとなく今回の行き先に疑問を感じるが、
今はそんな事はどうでもいい。
「大体ですね、どうしてすでに船は沈むってシナリオになってるんですか。しかも私泳げないみたいだし・・・」
ユミの言葉に、セイはフッと笑う。
「それじゃあまるで祐巳ちゃんが泳げるみたいじゃない」
「お、泳げますよ!!失礼な!
それに・・・不思議でしょうがないという点で心配しなきゃならないなら、もっと怖いモノ知ってますよ、私」
「何よ?」
セイの怪訝な顔つきに、ユミは大きく深呼吸をして言う。
「聖さまの運転。あれほど不可思議で怖いものなんて無いと思うんですけど。
よくあんな運転で今まで事故らなかったのか、とか、どうして皆聖さまの運転より私の運転を怖がるのか・・・とか。
そもそもどうやって免許を取ったのかすら・・・。いろいろ不思議でしょうがないです」
真顔でそんな事を言うユミに、セイは思わずプッと噴出してしまう。
「そ、そう・・・祐巳ちゃんどうして自分の運転が怖がられるのかまだ分からないの・・・」
肩を震わせて笑うセイの姿にユミはカチンときたのか、顔を真っ赤にして握りこぶしを膝の上でフルフルと震わせている。
セイがヤバイ!と思った時にはもう遅かった・・・。
「せっかく聖さまを元気付けようとしたのに!!!もう知りません!!!
しばらく他人の振りしますっ!口利いてあげませんっっ」
ユミはそう言ってガタンと乱暴に席を立つと、わざわざセイの声が届かない、でも姿は見える場所まで走って行ってしまった。
そんなユミの後姿を眺めながら、セイはまたフッと目を細める。
すると、不思議な事にさっきまで滅入っていた気分や気持ちがスッキリしている事に気づく。
まぁ、ちょっと気分は悪いけれど。
その時、フワリと何かが目の前に落ちてきた。
それは白いレースの入った綺麗な帽子で、いかにもお嬢様がかぶっていそうなモノだ。
セイはそれを拾い上げると、キョロキョロと辺りを見回す。
すると正面から、これまた白いワンピースに白い日傘を差した少女が慌てたように走ってくる。
ほんの少しだけ雰囲気がシマコに似ているが、どことなくシオリともその面影がかぶる。
でも、もうシオリに対しては何の感情もない。
こんな風にどこかで似た人をみかけても、平静でいられるのがいい証拠だろう。
「すみませぇん」
甘い声で走りよってくる少女は、眩しいぐらいの笑顔だ。
「これ、君の?」
セイが立ち上がって帽子を少女に差し出すと、少女はペコリと頭を下げそれを受け取る。
「ありがとうございましたぁ。もう、突然飛んでいっちゃうんだもん・・・どうしようかと思っちゃった」
うふふ、と笑う少女は文句なしに可愛らしい。
それでも・・・何故かどんなに可愛い子を見ても、思わずユミと比べてしまう自分が悲しい。
どれほど自分がユミしか見ていないのかがよくわかる。セイは思わずそんな自分に苦い笑いをこぼす。
「気をつけてね、風、結構強いから」
セイはそう言って少女に背を向けようとしたが、何かがそれを引っ張った。
「何?」
「あのぉ、何かお礼がしたいんですけどぉ・・・宜しかったら食事でもご一緒にどうですかぁ?」
少女のキラキラした瞳に、セイはほんの少し違和感を感じる。
セイの腕を掴む細くて白い指には、強制か?と思わせるほどの力がこもっていた。
そしてふと、こちらを見ているユミが視界の端に入る。
明らかに怒ったような表情で、プイと向こうを向いて今度はセイの目の届かない所まで走って行ってしまった・・・。
「あぁ・・・また・・・」
セイはポツリと呟くと少女を軽く睨みつけ言う。
「悪いけど、遠慮しておくわ。私、今忙しいの」
「忙しいって・・・ずっとヒマそうだったじゃないですかぁ」
「ふーん。じゃあずっと見てたの?だったら知ってるよね、私一人じゃないから」
セイはそう言って少女の腕を振り解くと、ユミが駆けて行った方へと急いだ。
「祐巳ちゃ〜ん・・・ねぇってば、祐巳ちゃんっ!!」
ようやくユミを見つけたセイは、ユミの耳元でさっきからこうして何度もユミの名前を呼んでいた。
それなのにどうしてもユミはこちらを振り返ろうとしないし、むしろ機嫌は悪くなる一方だ。
「はぁ・・・もう。まだ怒ってるの?あの子の帽子拾っただけじゃない」
セイはうんざりしたようにため息をつくと、ユミのフクフクしたほっぺたをつつく。
すると、ユミはキッとこちらを振り返りなみだ目で言った。
「聖さま・・・笑ってたもん。楽しそうだったんだもん・・・」
「・・・笑ってた?私が?」
セイがそう言うと、ユミはコクリと頷く。
笑ってた・・・かなぁ?セイはそんな事を考えながらよくよくさっきの出来事を思い返す。
そう言えば・・・笑ったかもしれない。誰を見てもユミと比べてしまう自分の事を・・・。
「あれはね、祐巳ちゃん。自分に対して笑ったのよ。誰を見ても祐巳ちゃんと比べちゃう自分が恥ずかしくて笑ったの。
実際あの子見ても祐巳ちゃんのが可愛いなぁとか思ってたし」
「えっ!?やっ・・・で、でも!!だ、だめです。許してあげません!!もうちょっとの間口利いてあげませんからっ」
そう言ってそっぽを向くユミの顔は耳まで真っ赤だ。
そんなユミを見て、セイは確信した。ユミはもう怒ってなどいないことを。
「ふ〜ん。まぁ、いいけど。何かあっても助けてあ〜げない」
セイはワザとそう言ってユミの後ろに回ると置いてあったイスに腰掛ける。
すると、ユミの隣に立っていた老夫婦がユミと何やら楽しげに話しだした。
しばらく談笑したあと、ユミは夫婦から何か受け取り頭を下げる。
ユミが貰ったものが食パンだと言う事にセイが気づいたのは、それからまもなくの事。
セイがほんの少しうたた寝していたその時、突然聞こえた奇妙な叫び声に思わず飛び起きた。
何事かと思いつつあたりを見回すが、誰も居ない・・・いや、何か居る。
「ゆ、祐巳ちゃんっ!?」
そう、何か、と思ったのは間違いなくユミで、そのユミはと言えばカモメに集られてえらい事になっている。
「ぎゃうぅぅぅ・・・」
力なく抵抗するユミとは裏腹に、カモメ達は嬉しそうにユミに群がっていた。
その光景があまりにもおかしくて、セイの身体から力がヘナヘナと抜けるのがわかる。
「く、くくく・・・な、何やってんのか聞いていい?祐巳ちゃん」
「せっ、聖さま!!わ、笑ってないで助けてくださいようぅっ」
白い羽に邪魔されてユミの顔は見えないが、明らかに声が困っている。
セイはお腹を押さえながら、どうにかユミの近くまで行くと腕をグイっと引いて、
ユミの持っていた食パンを全て空に向かって投げた。
すると、鳥達はいっせいに空に舞い上がり、弧を描いてそのままどこかに飛び去ってしまった。
「だ、だいじょう・・・ふ、ふふ・・・あははははは!!!」
セイはユミの肩や頭についた羽を払いながらヨレヨレになったユミの身体を抱き寄せる。
「うぅ・・・怖かった・・・」
セイの胸でもらした言葉が、ユミの恐怖を全て物語っていた・・・。
「いやぁ〜ビックリした。人間に見えなかったよ、祐巳ちゃん」
「ひ、ひどい・・・あんなにも怖かったのに・・・」
セイの胸をポカポカと叩くユミに、セイはまだ笑いながら頭を撫でる。
「ごめんごめん。でも、ほら、kいいもの見せてあげるから」
「?いいもの?」
「そう、いいもの」
セイはそう言ってユミの手を引きデッキの一番前にユミを立たせると、セイはユミを支えるように後ろに立った。
「わぁぁ・・・すごい・・・」
ユミは嬉しそうに口元を手で覆うと、その場でピョンピョンとはねる。
「コラ、危ないからじっとしてなさい!」
「・・・は〜い」
セイが叱ると、ユミはションボリと返事をしてまた前を向く。
太陽が海を紅く染め・・・やがてユミとセイをも飲み込む。波の音と、潮の香りが心地よい。
全ての感覚が、海と太陽に支配されているような錯覚をおこす。
背中にはセイの温もりと鼓動を感じる・・・セイも、今、そんな風に思ってくれているだろうか・・・。
「聖さま・・・きもちいいですね」
「うん・・・気持ちいいね。それにほら、なんだかこうしてるとタイタニックみたいだ」
「ふふ・・・ほんとですね。じゃあ聖さまはレオナルド・ディカプリオですか」
「じゃあ祐巳ちゃんはケイト・ウィンスレット?それにしては・・・ねぇ・・・」
セイはそう言って後ろからそっとユミの胸に触れた。
「ひゃうっ!!!な、何するんですかっ!!」
あまりにも突然の事に、ユミは2センチぐらい飛び上がると勢いよくセイの方を振り返る。
「いや、ちょっと足りないかなぁ・・・と」
顔を真っ赤にして手をグーにするユミ。そんなユミのおでこに、セイはそっと唇を寄せた。
「し、失礼ですね!!・・・もう・・・聖さまの・・・バカ・・・」
「ほら、島が見えてきたよ、祐巳ちゃん」
「ほんとだ・・・島についたら、何しましょうか?」
「う〜ん・・・とりあえず休憩して〜・・・それからだね」
「ええ、そうですね!」
ユミはおでこを押さえながらまたクルリと前を向き、セイに体重を預ける。
ユミのちょうど良い重さにセイも瞳を閉じ、ただ黙って波音に耳を傾けていた・・・。
「でもさぁ、タイタニックは沈むんだよねぇ・・・」
「ま、また!!だから、滅多に無い事ですってば!!」
「そうは言うけどね、怖いものは怖いんだよ、祐巳ちゃん」
「・・・・・・・・船、怖いんですか」
「・・・うん」
セイは力強くユミを抱きしめると、ポツリとそう言った・・・。
時間よ、このまま止まれ。
この時間が・・・この時が永遠になるように・・・。
今日のお題:「ほんとだ・・・島についたら、何しましょうか?」です。
それでは皆様、よろしくです!