慣れてしまうのは面白くない。


日々の中に新しい事を発見するように、


アナタの中にも新発見。


それを見れる幸せや、成長する心は、


きっと誰にも止められない。




ユミはその日、朝から大忙しだった。

決して少なくはない日数を旅するというのは結構大変なもので、買出しや鞄…何を持っていくかのリストアップ。

それらをするのに、少なくとも半日はかかってしまった。

一方セイはと言えば、のんびりしたもので昼まで寝ていたかと思うとゆっくり昼食なんて食べている。

「ちょっと、聖さま!!そんな事してて準備はいいんですか?」

「大丈夫。私のいるものは大概祐巳ちゃんが詰めちゃったみたいだし…後はせいぜい着替えぐらいでしょ」

セイはそう言ってかじりかけのトーストにバターを塗りなおしている。

「もう!!そうやっていっつも私に全部準備やらせるんだからっ!!」

頬を膨らませて怒るユミの口調はいつものような敬語ではない。

最近ユミはところどころでセイに敬語を使わなくなっていて、そんな事が何故かとても嬉しい。

聖さま、と呼ぶのは相変わらずだが、それでも少しづつ二人の関係も成長してるんだなぁ・・・と思うと、

付き合いだしてからの時間が、もっと濃厚なモノに思えるから不思議だ。

セイはプイ!と向こうを向いてまだ荷物を詰めているユミの後姿を眺めながらクスリと小さな笑みをもらした。

「ごめんね?祐巳ちゃん。いつもありがとう」

突然優しくセイにそんな風に言われたものだから、ユミは耳まで真っ赤になってしまう。

「い、いえ・・・別に構いませんけど・・・それにしても・・・もし私が居なくなったらどうするんです?聖さまは。

誰もこんな風に用意とかしてくれませんよ!?」

ユミにとってはただの照れ隠しだったつもりの言葉だった・・・けれどセイにとっては・・・。

「・・・そんな事・・・言わないでよ・・・」

「へ!?や、やだ、聖さま!!そ、そんなつもりで言ったんじゃないですよ!!だからそんな顔しないで」

ユミは慌てて俯いてしまったセイの近くに駆け寄ると、セイの顔を覗き込んで驚いた。

ユミの言った言葉がよっぽどショックだったのか、瞳にはうっすらと涙まで浮かべている。

「・・・祐巳ちゃんの・・・バカ・・・」

セイがようやく言ったその一言が、ユミの心をキュンとさせる。

嫌な事があった子供みたいに唇をキュっと固く結んで涙を浮かべるセイは、

とてもじゃないが伝説の薔薇様とは思えない。

あの頃抱いていたセイへの感情は憧れや尊敬だった。

でも付き合っていくうちに新たに発見する様々なセイの顔は他の誰でもなく、ユミにだけ向けられるもの。

「ごめんなさい・・・本当にそんなつもりで言ったんじゃないんです・・・」

「うん・・・わかってる」

ユミの何気ない一言が、未だに心を大きく揺さぶる。

決してそんなつもりで言った訳ないとわかっていても、身体や心は素直に反応してしまう。

小さい頃、セイは泣かなかった。何があっても、どんなに怒られても、だ。

それなのに今はどうだろう。ユミの言葉や態度一つにこんなにも涙が溢れそうになってしまう。

「泣き虫ですね、聖さまは」

ニッコリと笑ってセイの頭を優しく撫でるユミ。その手はとても暖かくて、心地よい。

「へへ・・・」

そんなユミの態度が嬉しいやら恥ずかしいやらで、結局セイは笑ってごまかすしかなかった。

そしてふと思う。もしかすると、自分はずっと泣きたかったのだろうか・・・と。

誰かに無条件に甘えて、こうやって守ってほしかった。ずっと・・・。

泣いてすがっても、決して離される事の無い繋がりが欲しかったのかもしれない・・・と。

セイはまだ優しく頭を撫でてくれているユミに、ポツリと言った。

「私・・・祐巳ちゃんの子供に生まれたかったな・・・」

「な、何言ってんですか!!それは困りますよ!!」

「どうして?」

「ど、どうしてって・・・だって・・・そんな事になったら私・・・」

・・・聖さまとこんな事出来なくなっちゃう・・・。

ユミは聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でそう言うと、

まだ不思議そうな顔をしているセイにキスを落とし、

顔を真っ赤にしてクルリと向きを変え、無言でまた荷物を詰め始めた。

夕日が窓から差し込んで、ユミの後姿が赤く染まる。

「祐巳ちゃん・・・?」

あまりにも唐突なキスに驚いたセイは、人差し指で唇をなぞった。

そこにはまだ柔らかい感触と、ほんの少しの熱が残っていた・・・。






「ほら!!急いで祐巳ちゃん!!!乗り遅れちゃう!!!」

「ちょ、せっ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

ユミは左手で切符を二枚、右手でセイの手を握り締めながら必死になって人ごみをすり抜けた。

パンパンにモノが詰まったバッグは全てセイが持ってくれている。

それなのに、どうして何ももっていないはずの自分の方がこんなにも息を切らしているのだろう・・・。

なんだか理不尽だ。ユミはそんな事を考えながらセイの手をキュっと握りなおす。

するとセイは一瞬こちらを振り返り、優しく微笑むと言った。

「もう少しだから頑張って!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

あまりにも不意の事に、ユミは紅くなる頬を押さえながら無意識に口の端が上がるのを感じた。



夜行列車・・・それは魅惑のひと時・・・そう思ったのはきっと、ユミだけではないだろう。

「へぇぇぇ・・・中ってこんななんだ・・・」

セイのポツリと言った言葉にユミは思わず耳を疑った。

「へ?聖さま前にも乗った事あるんじゃないんですか?」

「いいや?初めてだよ?私乗った事あるなんて言ったっけ?」

あまりにも飄々とそんな風にいいのけるセイに思わずユミはガックリと頭を垂れる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

だったら・・・だったら何故あの時あんなにもからかわれたのだろう・・・やっぱり理不尽だ・・・。

ユミはそんな事を考えながらセイの後ろ頭に小さくアッカンベをすると荷物を荷台に置いて、

ふぅ、と小さなため息を落とした。

列車の中は普通の電車とは違って、いくつも部屋が添えつけてある。

セイ達の切符はどうやら個室専用のもののようで、他に誰も入ってくる気配がないうえに、ベッドも二つしかない。

入り口にはドアもついていて、ちゃんと鍵までついていた。

セイは部屋の中を見回すと、ユミの向かい側に腰掛けて言う。

「すごいね。夜行列車って・・・ていうか、運が良かったよね、私達」

「?どういう意味ですか?」

「だって、他の車両は個室じゃなかったよ」

奮発した甲斐があったなぁ〜なんて、伸びをしながら言うセイ。

「そ、そうなんですか!?高かったんですか??」

「うん。まぁ、普通の車両よりは、ね」

「・・・・・・・・聖さま・・・・・・・・・」

今回の旅行・・・実をいうと旅費は全てセイが負担した。

ユミには、何も心配いらないからね?と言っていくつもバイトの掛け持ちをしていた事だって知っている。

どうしてセイがそこまで自分にしてくれるのだろう・・・?

特に可愛いわけでもない、それなのに何故そこまでしてくれるのだろう?

そんな事を考えると、無性に申し訳なくて嬉しくて・・・幸せでしょうがなかった。

「どうしたの?なんだか泣きそうな顔になってるけど・・・」

「だ・・・だって・・・聖さま・・・大好き・・・」

「へ?な、なに、突然・・・」

新手の復讐か?とも思ったけれど、どうやらそんな感じではなさそうだ。

セイはユミの隣にゆっくりと座りなおし、ユミの肩を抱く。

すると、ユミは何度も小声で、ありがとうございます、と呟きながらセイにしがみついて泣き出してしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

しばらくしてユミは泣き止むと、今度は嬉しそうに部屋の中を散策しはじめた。

狭いながらに洗面台やシャワーまでついている列車に、興味津々といったところだろうか。

嬉しそうにはしゃぐユミを、セイは目を細めてただじっとそれを見ていた。

二人で列車内を探索しに行った時も、

ユミはそこがまるで列車の中だということも忘れてはしゃぎまわって、

カーブを通過するたびによろけてセイにしがみついては、へへへ、と恥ずかしそうに笑っていた。

そんなユミを見る度、セイの心は穏やかな暖かい水が流れ込んでくるような、そんな気持ちになる・・・。

そして思うのだ。やっぱり一緒に来て良かったな・・・と。頑張った甲斐があったのだ・・・と。



景色がどんどん暗くなりやがて真っ暗になったころ、窓の外を眺めているユミに何故かセイはドキリとした。

いつもの横顔なのに、何故か今日は違って見える。

髪を下ろしているからだろうか?・・・それとも、いつもと違う場所だからだろうか・・・?

ユミはこんなにも綺麗だっただろうか・・・?少し下を向いた視線は、どこを見ているのかわからない。

車内の薄茶色い電気に照らされて、ユミの頬にまつげが影を落とす。

その時、何気なくこちらを振り返ったユミが、まるでセイの心の中を見透かしたように微かに微笑んだ。

「・・・祐巳ちゃん・・・私・・・」

セイはばっちりと合ってしまった視線をスッと外すと、少し俯いてユミの隣に腰掛ける。

もう、我慢出来そうに無い・・・心はそう叫ぶ。決壊しそうな想いが、心臓を突き破ってしまいそうな程・・・。

セイは静かにユミを抱き寄せると、ユミもそれをわかっていたようにセイの肩に頭をコツンと当てた。

「祐巳ちゃん・・・愛してる・・・」

優しく・・・呟くようにユミの耳元でセイは呟くと、ユミの顔を両手で包み込み、こちらを向かせる。

ユミはまるでキスをせがむように瞳を閉じ、ただじっとその時を待っていあるように見えた・・・。

が、次に聞こえてきたのは・・・微かな寝息・・・。

「ゆ、祐巳ちゃん!?」

「んぁ?・・・しぇいしゃま・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

一瞬目を開けたユミ・・・でも、完全にこれは寝ぼけている。

そうか・・・さっきの微笑みはおやすみなさいの笑みだったのか・・・。

セイは体重全部をかけてこちらに寄りかかってくるユミの身体を抱き上げると、そっとベッドまで運んだ。

布団をかけてやると、何かいい夢でも見ているのだろう・・・しまりなくユミは微笑み、セイの手をギュっと握る。

「おやすみ、祐巳ちゃん・・・明日も沢山楽しい事、見つけようね・・・」

セイはそう呟くと、ユミの頬にキスをして、苦い笑いを浮かべながらユミの隣に潜り込む。

そして、ユミを抱きしめるような形で・・・そのまま夢へと落ちた。







もし、キミが夢を見ているなら、


そこに私は出てくるのかな?


キミの夢の中で、私はどんな風に愛を囁くんだろう。


キミの夢の中で、私はどんな風にキミを抱きしめるんだろう。








今日のお題:「おやすみ、祐巳ちゃん・・・明日も沢山楽しい事、見つけようね・・・」

いよいよフェリーです。今日はフェリーまで行けませんでした(号泣)

そんなわけで、フェリーの中で何か楽しい事を見つけてあげてください!

それでは、皆様よろしく〜!!














幸せな日々   第三話