どこへ行こうか?何をしようか?

そんな事を考えるだけの時間が、こんなにも幸せだったなんて…。

どうして今まで知らなかったんだろう…。




「そういえば佐藤さん、あなた達ゴールデンウィークにどこか行ったりするの?」

セイは眠たげな視線を窓の外から隣の席に座るケイにうつした。

春はほんのわずかな期間で終わってしまったように思うが、それでも日差しはまだ暖かく爽やかだ。

セイは一瞬何かを言いかけたが、すぐにそれを止めて首をかしげ言った。

「どうして?」

「別に深い意味はないわよ。ただの興味本位よ。

あなたのゴールデンウィークは今年は大分長いでしょう?」

「あ〜・・・まぁ、そうかもね・・・」

セイはめんどくさそうにそう答えると、鞄の中に手を突っ込み手帳を取り出し予定を確認した。

単位さえとっておけば、後は自由に出席できるのが大学の良い所で、

レポートやテストで点数を地道に稼いできたセイの休みの期間はかなり長い。

大事な講習や必ず出なければならない授業も上手い具合にかぶらなかった為、

ザっと見積もっても10日ぐらいはある。

しかし…だ、それはセイの都合で肝心のユミの都合が合わなければ、結局はそれも無意味になってしまう。

「それがねぇ・・・祐巳ちゃんの方がなんとも言えなくてさ。

まだどこに行くか何をするかさえも決まってないんだよね」

セイはうらめしそうにケイを見ると視線をまた窓の外にうつす。

そんなセイの仕草が面白かったのか、ケイは珍しく表情をくずすとさも楽しそうにつぶやいた。

「あら、それは災難ね。でもどうして?頑張ったんでしょう?」

「頑張ったよ!頑張ったけどさ・・・最後の方喧嘩になっちゃったんだよね・・・」

セイはふと、数日前の出来事を思い出した。



数日前、ユミは家に帰ってくるなりソファに座っていたセイの膝の上に頬を乗せると大きなため息を落とした。

「どうしたの?学校で何かあった?」

セイは読んでいた本を閉じ、優しくユミの頭を撫でながらそう言うと、ユミは上目づかいでこちらを見上げ言った。

「それがですね…単位がどう計算しても足りないんですよね・・・」

「・・・・・はあ」

「はあって・・・このままだと私、ゴールデンウィークが無いかもしれません・・・」

「えっ!?そ、そんなに足りないの?」

正直セイは驚いた。だって、ユミはまじめだしレポートだって夜遅くまでやっていたのを知ってる。

なのに何故今そんな状況に陥っているのか・・・。

「それがですね・・・どうやら私レポートの期限間違えてたみたいなんですよね・・・。

テストだってそんなにいいほうじゃないし、提出物でどうにかしなきゃいけないのに・・・。

今になってどうしてこんなポカしたんだろう・・・まるで聖さまみたい・・・」

「ど、どういう意味よ?」

「だって・・・聖さまいっつも間違うじゃないですか・・・一緒に居るとお互い似てくるって案外ホントなのかも・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

失礼な・・・そんなに毎回間違えてる訳じゃないわよ。

そうはっきり言い返せればいいのだろうが、あいにくそれを言えないのが悲しいところなわけで・・・。

それにしても本当に不幸というものは続くもので、

よりによってゴールデンウィーク前になってこんなことを言い出すものだから、セイはユミにかける言葉が無かった。

「どうしましょう・・・聖さま・・・とりあえずレポートは完成させるとして、今から間に合うかどうかも・・・」

「ど、どうしましょうって言われても・・・頑張るしか・・・」

涙声で呟くユミ。きっと相当なショックだったに違いない。

ゴールデンウィークはどこに行く?と嬉しそうにパンフレットを広げていた、

ほんの一週間前の出来事がもうすでに大分昔の事のように感じる。

あの時のユミの嬉しそうな顔を、今思い出すだけでもセイはにやけてしまいそうな程ユミは楽しそうに笑っていたっけ。

「とりあえず祐巳ちゃんはレポート急いでやって、私が家事は全部するから、ね?

教えられる所は私が教えるから。大丈夫、絶対に間に合うよ」

セイはユミを隣に座らせると、ユミの華奢な肩を抱き寄せて言った。

「聖さま・・・はい、わかりました・・・ありがとうございます。私、頑張ります!」

「うん、一緒に頑張ろう」

ユミはセイにギュっと抱きつき、えへへ、と恥ずかしそうに微笑んだのが数日前の話。

しかし、そこからが大変だった。

言うとやるとでは大違いとはよく言ったもので、実際そこからの数日はまるで戦争のようだった。

「私、やっぱりバカなんです!!聖さまみたいに出来ないんです!!!」

夜中、寝室に入ってくるなりそんな風に泣き出すユミをなだめつつ一緒にレポートをやる。

そして明け方になってようやく寝れたかと思えばすぐに起きて朝ごはんの用意をしなければならない。

そんな日が何日も続けばいい加減嫌になってくる・・・。

お互いに不機嫌になり、会話も交わさないようになって。

しまいにはユミにまでセイは八つ当たりしてしまったりして。

それでもユミは何も言い返してはこなかった。きっと理不尽に怒られている事も解っているのにだ。

そんなユミの態度がさらにセイの醜い部分を強調しているように思えて余計にイライラが募っていく。

そしてレポート開始から一週間目。夜中にユミが寝室のドアをすごい勢いで開いた。

セイは少しうっとうしそうに身体を起こすと、突然の衝撃にまたベッドに逆戻りしてしまった。

「聖さま!出来ました!!!レポート終わりましたっ!!!これでどこでもいけます!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

どうやらユミはレポートが無事終わった事をいち早くセイに知らせたかったのだろう。

嬉しそうにセイに抱きついてきたのだ・・・が。

「そう・・・良かったね・・・悪いけど、寝かせてくれる?」

自分でも驚くほどの冷たい声。まるで高校二年生の時に逆戻りしたみたいな冷たい自分。

そんなセイの声にユミの身体が一瞬強張ったのが解ったけれど、もう疲れていたのだ。

とりあえずなんでもいいから今は眠りたい。誰にも邪魔されずに、ゆっくりと眠りたかった・・・。

セイがそう思っている事がユミに伝わったのか、

あるいはそんなセイに失望したのか・・・ユミはセイからスっと身体を離すと何も言わず部屋を出て行ってしまった。

翌朝、セイが朝食のためにユミを起こそうと部屋に入ると、ユミは机に突っ伏したまままだ眠っていた。

ユミの腕の下には完成したレポート用紙が置いてある。

机の端に置いてあるテイッシュのケースは空になっていて、ゴミ箱の中に大量に捨てられていた。

レポート用紙には点々と水の跡がついていて、ついさっきまでユミがそこで泣いていた事が容易に想像できる。

それを見たとき、セイの胸がチクリと痛んだ。

まるで崩れるみたいにその場に座り込むと、ガックリとうなだれ忌々しげに頭を抱えた・・・。

「私はバカだ・・・本当に・・・」

いつもは自分が同じ事をユミにするのに・・・ユミが一度でもそれを嫌がった事があっただろうか?

夜中に何度も起こす事だってあった。それなのにいつもユミは何も言わなかった。

イライラして八つ当たりするセイに、ただの一度だってユミは怒ったりしなかった。

レポートだって出来上がれば早朝だろうが、夜中だろうが一緒に喜んでくれた・・・それなのに。

セイはそっとユミの涙の跡を指で辿ると小さなキスを落とす。

「・・・ん・・・もう・・・あ・・さ?」

「おはよう、祐巳ちゃん・・・昨日はごめん・・・私どうかしてた」

ペコリと頭を下げるセイに、ユミは何も言わずただ微笑んだだけだった。



「そんな訳で期限にはどうにか間に合ったみたいなんだけど、今日その結果が出るんだよね」

セイは、はぁ、と大きなため息を落とすと教室の時計に目をやる。

「なるほどね。それにしてもアナタ、本当にひどいわね」

呆れたような顔をしてズバリというケイの言葉は、セイの心に大きなトゲをさす。

「うん、自分でも思った。本当に最低だよ、私は」

「それでも祐巳ちゃんは許してくれたんだ?」

「うん。でもきっと後からくるんじゃないかな・・・今までの事を思えば」

そう・・・それが怖いんだよなぁ。

セイはそんな事を考えながら今までの事をふと思い返して見る。

ユミは決してその時に言い返したりはしないけれど、いつも後から思い出したように攻撃してくる。

冗談混じりでちゃんとセイに釘をさすのだ。いつも。

セイはもう一度大きなため息をつきながらチラリと横目でケイを見ると、

ケイは意地悪は笑みを浮かべてこちらを見ている。

「まぁ、いいんじゃない?ちゃんと釘をさしてくれるうちが華よ。

それにそうやって言われればアナタだってもう二度としないでしょう?」

「そりゃまぁ、そうだけどさ。でも結構怖いんだけど。何されるかわからないぶん」

「ふふふ。一見佐藤さんたちって佐藤さんの方が実権握ってそうに見えるのにね」

「う・・・やっぱりそう思う?」

そうなのだ。実際のところきっとセイよりもユミの方が強くて大人なのだ。

でも、最近はそんな自分も悪くないと思う。どこかユミとは違う所でユミを守れればそれでいい。

「幸せそうで何よりだわ」

ケイの何気ない言葉に、セイの顔はしだいに熱を帯びる。

「・・・どうも・・・」

そんな言葉を他人から聞いて、ホッとするような恥ずかしいような気がしてセイは顔を隠した。



「聖さまぁ!!!」

昼休み、ケイと食堂に向かう途中突然後ろから誰かに大声で呼ばれた。

何事!?と思って振り返ったセイの視界には誰も居ない…と思った次の瞬間。

お腹のあたりに衝撃がはしって思わず後ろに倒れそうになった。

「祐巳ちゃんっ!!危ないじゃない」

セイはどうにかユミを抱えたまま体勢を立て直すと、はぁぁ、と大きく肩で息を吸う。

「あ、ごめんなさい・・・いえ、そんな事はいいんです!レポート!!大丈夫でした!!

単位もギリギリもらえましたっ!!聖さまのおかげです、本当にありがとうございました!!」

ピョンピョンとセイの手を取り跳ねながらそういうユミの顔には昨日までの悲壮感はすっかり無くなっていた。

嬉しそうに笑うユミに、思わずつられてセイの顔からも笑みがこぼれる。

「良かったね。頑張ったかいがあったじゃない」

「はいっ!聖さまに怒られた時はどうしようかと思いましたけど・・・本当に良かった!!」

「う・・・」

「あらあら、始まったわね・・・復讐が」

セイの耳元でケイはボソリとそう呟くとユミにおめでとう、と言って席をとりにその場を去った。

「ゆ、祐巳ちゃん?言っておくけど・・・あれはワザとじゃないからね?」

恐る恐るそういうセイに、ユミは不敵な笑みを浮かべて舌をペロリと出す。

「もちろん解ってますよ・・・あ、そう言えば私・・・スパゲティーが食べたいなぁ。ね?聖さま」

セイの腕をガシっと掴むユミ。顔は怖いぐらい満面の笑みだ・・・。

「わかりました・・・おごります・・・何がよろしいですか?お姫様」

「よろしい。ふ・・ふふふ」

「ふ・・・あはははは」

セイはユミの腕をそっと外すと、代わりにしっかり手をとつないだ。

まだまだ復讐は始まったばかり。それでも、こんな時間すら愛おしい。

二人で居れば、たとえ何処にもいけなくてもきっと幸せなのだろう。

それでも・・・せっかくの人より長いゴールデンウィークがこれから始まる。

まずは行き先を二人で決めよう。そして、思い出を沢山つくろう?

セイは手をつないでご機嫌なユミを幸せそうに眺めながら言った。

「ねえ祐巳ちゃん、ゴールデンウィークはどこに行きたい?」






日がさして、こんなにも暖かい。


日が翳ってこんなにも寒い。


まるで天気みたいなキミと、ずっと居たい。


台風がきても、嵐がきても、必ず晴れる。


そう、思うから。
















お題:聖さまの一言。


「ねえ祐巳ちゃん、ゴールデンウィークはどこに行きたい?」

です。それでは、皆様よろしくお願いいたします!


幸せな日々   第一話