久しぶりに血が燃えた。

全身からまるで熱が排出されるみたいに、頭が、身体が熱くなって。

そして気づいた・・・私は大変な事をしてしまったのだ、と。







ケース3  築山三奈子の場合。


「こ、これは一体どういうこと!?あのセリフは・・・?スクープの匂いがするわ・・・やっぱりつけて正解だったわね」

しかし、残念ながらあのセリフだけでは、相手が誰だかわからない。

妹のマミ曰く、最近のユミの態度がどうにもおかしいという情報と、ここ最近巷で噂になっている、

ユミが急に綺麗になった理由。

私はこれを追及するためにこの日も祐巳さんを遠くから見張っていたのだけれど・・・。

昇降口の前あたり、曇った空を見上げながら呟いた思いもかけないユミのセリフに、私の頭は一瞬真っ白になった。

そして次の瞬間体中が熱くなって、頭の中で警報が鳴る。これはスクープだ・・・と。

『ねぇ・・・おねが・・・っく・・・ちゃんと・・・私を・・・ひっく・・・見て・・・』

ついさっき聞いたユミのセリフが何度も何度も頭を過る。

相手など分からなくてもこの言葉だけでユミが恋をしている事ぐらいは、流石に分かる。

「なんてこと・・・一体いつからなのかしら・・・とりあえず部室に行って頭を冷やしましょう・・・」

どこかおぼつかない足取りは、今思えばほんの少しショックだったのかもしれない。

だって、あのユミが恋愛をしていただなんて・・・多分、心のどこかでそう思ったんじゃないだろうか。

私はどうにかフラフラする足をクラブハウスまでやっとの事で運び、パソコンの前に座った。

スイッチを入れるとブイーンと低いうなり声を上げてパソコンは目を覚ます。

まるで誰かに起こしてもらうのを待ってたみたいに見えたのは、きっと私の錯覚だったのだろう。

「でもねぇ・・・これは記事にしてもいいのかしら・・・」

迷うなんて私らしく無いと思うかもしれない。それでも私は正直迷っていた。

だからせめて名前をふせようと思ったのは、私なりの最大の配慮のつもりだったのだけれど、

それが余計に事に拍車をかけてしまったのだろう、と今は思う。

「はぁ・・・あら?これは真美の手帳じゃない・・・」

私が何気なくパソコンデスクの端っこに目をやったとき、それは目に入った。

あの子は本当にしっかりしていると思えばたまにドジを踏むからかわいらしい。

大方これも今日何か忘れ物でも取りに来て、代わりにこれを忘れて行ったのだろう・・・。

今頃きっと、大慌てで捜しているに違いない。そんな妹の様子を思い浮かべて私は思わず笑みをこぼした。

そして・・・つい中を見てしまったのは、きっと・・・間違いだった・・・。

「どれどれ・・・真美のネタ帳は更新されたかしら?」

パラパラとページをめくると、きっちりと日付ごとに書かれたネタが沢山のっている。

以前にも何度か見せてもらった事があるが、あまり中身にはいつも期待はしていない。

それなのに・・・この日は・・・。

「・・・これは・・・ちょっ、ど、どういう事なの!?」

私の身体はさっきまでの熱をせっかく忘れていたのに、また取り戻したみたいに熱くなった。

今日はついている。きっと、マリア様が私に力を貸して下さったに違いない!そう思った・・・。

ユミの恋愛騒動に、伝説の白薔薇の以外な恋・・・こんな大きなネタ、きっとこれからどこを捜したって転がっている訳がない。

まるで三流ゴシップだと言われてもいい。ただ自分が知りたいだけだろう、と言われてもいい。

「決めた!この二つの件の裏を取りましょう」

私は立ち上がると、クラブハウスを飛び出した。とりあえずは、誰か目撃者を捜そう。

このマミのメモと、ユミのセリフ・・・これの裏を必ずとってみせる・・・。

妙な使命感みたいなモノが、私の中で一気に燃え上がる。

その炎が消えてしまわないうちに、私は動き出そうと思った。






ケース4   築山三奈子と、その他の人たち。


「あ〜・・・そう言えば私も見ましたよ、祐巳さま。ええ、あの昇降口の所ですけど・・・。

え?何か言ってたかって?・・・う〜ん・・・私も急いでいたので・・・ただ、元気が無かったのは確かですけど・・・」

私はとりあえずこの日学校に居た人たちを中心に聞き込みをしてまわった。

すると、中には興味深いモノもポロポロ出てくる。

「あっ!そう言えば、何か変な事仰ってたような・・・そう、確か『・・・聖さま・・・どうして、あんな事言うの・・・?』とか何とか・・・」

「なんですって!?」

私は一瞬自分の耳を疑った。まさか・・・ユミの相手ってのは・・・。

「そ、それは本当なのっ!?」

「ええ、本当ですよ。クラスの子は祐巳さまと聖さまが二人でお出かけしてるのを見たって子もいますし」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ちょ、ちょっと待って・・・どういう事?

それじゃあ祐巳さんの相手はあの伝説の白薔薇、サトウセイでそのセイとは二人で出かけるぐらい仲がいい・・・と?

でも、それじゃああのマミの手帳はどうなるの?

あの手帳にはまるでセイと銀杏王子が付き合ってるみたいに書いてあったではないか。

「どうかされましたか?三奈子さま・・・」

「あ、いえ、何でもないの。ただ少し驚いてしまって」

私は混乱するばかりの頭をブンブンと振ると、その子に礼を言って足早にそこを立ち去った。

どうやらこれは、もう一つの方の件を追った方がいいのかもしれない・・・。

「でも、どこから手をつければいいのやら・・・」

私は、はぁ、と大きなため息を一つ落としその日は学校を後にした。



翌日私がいつもよりも遅いバスで学校に向かう途中、その情報は耳に入ってきた。

「それでね、昨日たまたまその喫茶店で柏木さんと聖さまをお見かけしてね・・・」

「えっ?柏木さんと聖さま?でもあの二人って仲悪いんじゃ・・・」

私はその話がもっと知りたくてどうにかその二人ぐみに近づくと、本を読んでるふりをして顔を隠した。

「うんうん、私もそう思ってたんだけど!でもね、ほらよく言うじゃない。嫌い嫌いも好きのうちって。

正にアレだと思うんだよね!!」

「どうして?」

「だって、昨日聖さまが柏木さんに『私は・・・間違いなく・・・好きなんだ』って、すごく思いつめた声で言ってたんだもん!

そしたらね、柏木さんが言ったの。『もし、僕が祐巳ちゃんを好きだと言ったら・・・どうする?』って!!」

なんですってー!?

私は思わず手にしていた文庫本を落としそうになった。片手で本を押さえ、もう片方の手で声を出さないよう口を押さえる。

つ、続きは!?

私がほんの少し身を乗り出すと、その子はまるで私の質問に答えてくれてるみたいに話し出す。

「そしたらそれ聞いた聖さまはガックリと頭をうなだれてね、『それは・・・私には関係ないよ。

アンタが誰を想おうとアンタの自由だからね。でも、私のこの想いは変わらない。・・・そう信じたいんだ・・・』って仰ったのよ!

もう私興奮しちゃって!!ちょっとだけショックだったけどさ・・・」

「そう言えば、あなた聖さまに憧れてたもんね。でも、へぇぇぇ・・・じゃあ、それって聖さまの片思いってこと?」

「うん・・・多分ね。だって柏木さんは祐巳さまが好きみたいだから・・・」

「そんな・・・聖さま可哀想・・・」

「そうなんだよね・・・それから私達が先に店出ちゃったからその先は分からないんだけど・・・聖さまの表情が切なくてさ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

・・・なるほど・・・セイは王子が好きで、王子はユミが好き。そして肝心のユミはセイが好き・・・ということか。

これは・・・これは俗に言う三角関係というやつだろうか・・・?

私はなんとなくやりきれない気持ちを押さえ込むようにしてバスの降り口に近づいた。

なんだか、開けてはいけない箱を開けようとしているのではないか?もう一人の自分が頭の中で囁く。

でもその反面、記者魂というものがムクムクと頭をもたげてくる。

そして・・・名前をふせて、仮名にしてしまえば・・・フィクションなんだと言い張れば・・・なんて一瞬思ったけれど、

それは以前にやって、痛い目を見たのを思い出して止めた。

ここはやはり、全て仮名にして挿絵もない文章だけの・・・私が聞いた通りの事を書こう。

嘘も偽りもない私が聞いた話を、そのまま・・・。

誰にだって、真実を知る権利はあるはずなのだから・・・なんて、都合良く自分に言い聞かせて・・・。



私はこのバスの中で聞いた話を忘れないよう、頭の中で何度も何度も反芻しながら学校までの道のりを、

窓の外を流れる景色を見ながらやりすごした。












真実を知る権利は誰にでもある。


でも時として知ってはいけない事もあるのだ。


ましてやそれが本人達すら知らない事だったとしたら・・・。


ささいな事で壊れてしまう、淡いモノの情報など、


聞かなければ良かった。


書かなければ良かった。


でも、今更どんなに後悔しても、もう戻らない。


まるで壊れてしまったハンプティダンプティのように・・・。







それぞれの告白   第四話