さて、これをどうしよう?

どう処理すればいいだろう・・・。







ケース1  武嶋蔦子の場合。

そもそも、どうしてあの日私があんな所に居たのか。

それはあの日が休日だったから。

何となく家に居ても暇だったから、あんな所まで行って一人でのんびりしようと思った。

でも、いつものクセでついついカメラなんて持って行って、しかもそのせいであんな事態にまで発展するなんて・・・。

この時はそんな事考えもしなかった。



「はぁ・・・誰か居ないかな・・・」

私は窓の外に目を向けてそう呟いた。

さっきからずっと窓の外を見ているけれど、目ぼしい人は誰も通りやしない。

せっかくの休日。家に居ても写真は撮れない。

そう思ってよくリリアンの学校の子達がよく通うと言われるこんな喫茶店にまで足を運んだけれど、

実際にはまだ時間が早いのか、それとも学校帰りにしか皆利用しないのか、店内はガランとしていて殆ど人が居ない。

「はぁ・・・失敗だった・・・」

ため息と同時にズリ落ちた眼鏡を、私は直すとふとユミが前に言っていた科白を思い出す。

『蔦子さんの目って、きっと私とは違うモノが沢山見えてるんだろうね』

そう言ったユミはとても可愛かった。屈託なく笑って、本当に素直で可愛らしい。

「そりゃ聖さまも祐巳さんの事好きになるの解るよ」

そう呟くと、私は伝説とまで言われたセイの顔を思い浮かべた。

下級生に絶大な人気を未だに誇っていて、その飄々とした態度の奥に潜む激しさや、

どこかミステリアスな空気さえまとっているようなセイ。写真だけでは到底表現しきれない程の人物の1人。

そんなセイは明らかにユミの事が好きだと私は思う。

そして、ユミもまたセイの事が好きなのだろう・・・。

必死になって二人とも隠しているみたいだけれど、それでも私には何故かその事がよく解った。

でも最近・・・セイの様子が少しおかしい。

確かにユミの事が好きなんだろうとは思うのだけれど、何かに迷ってるような、戸惑っているような・・・。

この間、大学の敷地内でセイを見かけた時何故か咄嗟にそう思ったのだから、きっと間違いでは無い筈。

「それにしても・・・何を迷う必要があるんだろう。せっかく両想いなのに」

とっとと告白すればいいのに・・・なんて傍目から見てれば思うのだけれど、

それでもなかなか上手くいかないものなのだろう。恋愛なんてそんなものだ。

私が窓の外を見つめ、また大きなため息を落としたその時。

「ここでいいかな?」

「ん、どこでもいいよ」

なんて、不意に後ろから二つの声が聞こえた。声からしてカップルだろうか?

でも、そこにはカップルのような甘い響きはなく、どこか緊張気味だ。特に女性の方・・・。

男の人の方は上機嫌。とまではいかないが、何か楽しそう・・・。

なのに、女の人の方はどうだろう。不機嫌・・・というよりは、何か思いつめた感じだ。

「そう、じゃあここでいいね。それにしても今日はやけに素直だね」

「・・・そうかな・・・そうでも無いんじゃない?」

そうでもない・・・などと言う割りに女の人の声はどんどん沈んでゆく。

それにしてもこの声・・・どこかで聞いたような・・・そう思って私はこっそり振り返った。

・・・そしてその声の人物を見るなり私は声を上げそうになるのを必死で堪え・・・思わずシャッターを切っていた・・・。

店内のBGMに隠れて、シャッターの音に二人は気づかない。

でも・・・なんて以外な組み合わせなのだろう・・・しかも二人きりで・・・。

そして・・・私はなんてラッキーなのだろう・・・こんなチャンス、きっと二度とない。

この時は、長い間待ちぼうけをくらったせいもあって、ただこんな事しか頭に思い浮かばなくて。

でもこの時のシャッターが・・・この時の私の行動が、あんな大騒動になるなんて、誰が予想しただろう。

・・・いや、少し考えれば分かる事だったのに・・・。

「どうしてこの二人が・・・?」

とりあえず私は、その二人のツーショットを撮る事が出来て大満足だった。

この写真だけで、今日は十分・・・いや、きっとそれ以上の収穫があったに違いない。

私は物音を出来るだけ立てないよう、そっとその場を抜け出し、まるで逃げるようにお会計を済まして店を後にした・・・。

「それにしても・・・柏木さんと聖さまだなんて・・・一体何の集まり?」

私はその写真を早く現像したくて、そのまま学校へと足を運んだ・・・。






ケース2  山口真美の場合。

ところで・・・だ。

どうして私はこんな日に限って、忘れ物なんてしてしまったんだろう。

忘れ物さえしなかったら・・・その宿題が月曜日までじゃなかったら・・・きっとあんな事にはならなかったのに・・・。

まぁ・・・全てはその事をメモった私に問題があるんだけど・・・。



日曜日。一週間に一度の花の日曜日なのに、私は何故か学校に居た。

理由は簡単。単に月曜日までの宿題をうっかり学校に忘れてきたから。

だから慌てて取りにきたはいいけれど、確かに机の中に入れておいたはずだった宿題が机の中には無くて・・・。

「あれ〜?どこに持ってんたんだろ・・・」

私はとりあえず自分の席に座ってう〜んと頭を抱え込んだ。

「あっ!!そうだ!!確か部室に持って行ってやろうと思ったんだっけ!それでそのまま・・・」

唐突にそれを思い出した私は、クラブハウスへと向かうべく勢いよく席を立った。

立った拍子にガツンと足を机でぶつけ、一人その場でうずくまっているとふと斜め前にユミの席が見えた・・・。

「そう言えば・・・祐巳さん夏休み明けから元気ないなぁ」

夏休みが入る前はあんなに元気だったユミ。

それなのに、何故か夏休みが明けて久しぶりに会ったユミの笑顔は、どこか曇っていた。

「まるで今日の天気みたい・・・」

窓の外は灰色で、まるでどこかに色を忘れてきたみたいにいつもの鮮やかさがない。

「祐巳さん、何かあったのかしら」

何だかスクープの匂いがする。けれど、ユミを悲しませるような記事は出来るなら書きたくない。

出来れば楽しいスクープならいいのにな、なんて思いながら、

私は夏休み前に見たユミの眩しいぐらいのユミの笑顔を思い出す。

そう言えばユミはここ最近急に綺麗になった、ともっぱらの評判で、それは誰かに恋してるのよ、

なんて噂まで飛び交っているけれどその真相は一体どうなんだろう?

「ああ、もう!気になるなぁ!!」

私はブンブンと頭を振ってようやく痛みの引いた足を押さえながら、教室を後にした。


クラブハウスには当然誰も居ない・・・はずなのに。何故か人の声がする。

私がよく耳を澄ませてその声の主をたどってゆくと、どうやらそれは隣の部屋から聞こえるらしかった。

『あぁ・・・やっぱりあんな状況でもこんなにも綺麗に撮れてる・・・』

「蔦子さん・・・?どうして日曜日に学校なんかに・・・」

声の持ち主は他の誰でもない。クラスメイトのツタコだった。

何やら嬉しそうな弾んだ声が、どれほどいい写真が撮れたのかを容易に想像させる。

『ふ・・・ふふふ・・・それにしてもやっぱり絵になるわね・・・柏木さんと聖さま・・・』

は?

一瞬頭が真っ白になった。ちょっと待って、誰と誰って言った?

「柏木さんと・・・聖さま・・・?」

確かこの二人は犬猿の仲だったんじゃあ・・・?

私の中の疑問符はどんどん膨らんで、もうどうにもなりそうにない。

そして出来るだけ冷静になろうとして深呼吸を二三度繰り返すと、推理してみる。そのありえない状況を・・・。

「どこかでバッタリ会った・・・とか?ううん。会っても無視だよね、きっと。じゃあ何か重大な話・・・とか?」

重大な話と言ってもあの二人に共通する話題なんて、そうそう見つかりそうにもない。

一体どういう状況でツタコが二人の写真を撮れたのか・・・答えはそこに隠されてるような気がする。

だから私は、もっとツタコが何かを話さないかを壁に耳をくっつけて聞いていると、

案の定、上機嫌のツタコはまるでそこに誰かが居るみたいに話し出した。

『それにしても早起きした甲斐があったなぁ・・・まさか喫茶店でこんな写真が撮れるなんて思わなかったわ』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

それを聞いて私の頭は突然理解した・・・ような気がした。

そして、まるでお姉さまであるミナコが乗り移ったかのようにあれやこれやと妄想は膨らむ。

なるほど。その写真は喫茶店で撮ったのか。しかもそのツーショットは大分珍しい。

もしかすると・・・初めは犬猿の仲だった二人が・・・いつの間にかお互いを好きに・・・?

「なんてね・・・証拠も何もないし、そもそも聖さまは卒業されてる訳だし柏木さんに至っては他校の生徒だし・・・。

記事に出来る訳ないか。ここに誰かリリアンの子が絡んでくれればなぁ・・・」

そうすれば記事に出来るって訳じゃないけれど、でもそれこそどんなスクープになるのか・・・。

考えるだけでワクワクしてしまう。

そして思う。ああ、やっぱり自分はあのミナコの妹なのだな・・・と。

とりあえず・・・この事についてメモだけはとっておこう。

因果関係はどうあれ、そのうち何かに関わってくるかもしれないし。

私は忘れないうちに手帳を取り出しそこにペンを走らせる。見出しはこうだ。

「衝撃!?伝説の白薔薇と銀杏王子の淡い恋!!」

・・・なんてね。これはあくまで想像でしかない訳だけれど。

決して記事になる事などないスク−プだけれど、それでもなかなかいいタイトルじゃないか。

とりあえずは今盗み聞きしたツタコ情報も入れておいて、と。

・・・まぁこれが記事になったらなったで、きっと大問題なんだろうけれど。

「はぁ・・・どこかにいいネタないかな」

私は溜息を一つ落とし、そんな事ボヤキながら忘れ物の宿題を鞄に入れてクラブハウスを後にした。



そしてその翌日、事件は起こった。

誰も・・・予期することなんて出来なかった・・・。

・・・そう、思いたいような事件が・・・。







時には物語を脚色したりする事も必要。


誰かと誰かがそれで幸せになるのなら。


でも、裏づけのない事には手を出さない。


決め付けて壊れるのなら、きっと触らない方がいいのだから。















それぞれの告白   第三話