どうしてそんな事を言うんですか?
どうしてそんな顔をするのですか?
私には、何が本当なのか・・・解りません。
どうして私はあんな事を言ってしまったのだろう・・・。
どうして聖さまはあんな事を言ったんだろう・・・?
私は学校までのバスの中で・・・というよりは、あの海に行った帰りからずっとその事ばかり考えていた。
他にも考えなければならない事が沢山あるのは分かっているけれど、
どうしてもあの日聖さまが言った言葉が、頭から離れない。
暗い車内で、一瞬見せた聖さまの悲しげな笑顔が今も頭の中に鮮明に蘇る。
どれぐらい本気で聖さまが私にそう言ったのかは解らないけれど、ただ思ったのは聖さまの中にはまだ栞さんが居ると言う事。
その栞さんが今も、聖さまの殆どを占めているのだという事。
何故そう思うのかは解らないけれど、ただなんとなく・・・そう思うのだ。
いくら私にふざけて抱きついてきたって、きっと心のどこかで聖さまは栞さんを求めていて、
私の事など殆ど見てくれていないような気がする・・・。
あの眼差しや言動は、きっと自分に宛てたものではないのだと。
「一体・・・どういうつもりだったんだろう・・・」
私は窓の外を流れる景色をただボンヤリと眺めていた。
流れる景色が、不意に聖さまと重なってみえる。
いつの間にこんなにも聖さまを求めていたのか・・・お姉さまにも相談出来ない悩み事。
誰に言っていいのかも解らず、こんな時聖さまならどうするのかな?
なんて考えて、結局思考は聖さまから離れる事が出来ない。
聖さまが何を思って突然あんな事を言ったのか全く解らないし、ただのいつものおふざけだったのかもしれない。
けれど、あの日を境に私は改めて聖さまが好きなのだと自覚したし、逆にそんな事を突然言い出した聖さまに、
微かな憤りさえ感じていた。
お門違いだと言われても構わない。それでも、私は確かにあの日・・・逃げるように聖さまの車から飛び出した。
聖さまの心の中の栞さんと戦える訳がない。
どうやったって想い出との戦いに勝てる訳がない。そう、思ったから・・・。
「はぁ・・・なんだかもう・・・疲れた・・・」
私は学校の門をくぐりマリア様の前でそっと手を合わせると、足早にその場を立ち去る。
誰だろう・・・片思いが楽しいなんて言ったのは・・・。
ドキドキしたり、ワクワクしたり・・・そんな事よりもモヤモヤが多い気がするのは私だけだろうか・・・?
この恋が叶うとは到底思えない。なんてったって相手はあの、伝説の白薔薇様なのだから。
きっと聖さまは誰にでもあんな風に調子のいい事を言っているのだろう。
・・・でも・・・そう思う反面・・・心のどこかでは、きっと期待していた・・・。
聖さまが抱きついたりするのは、ずっと自分だけなのだ・・・と。
でも・・・それも今思えば、いつか聖さまが言ったみたいにただのぬいぐるみとしてだけなのかもしれない・・・なんて思うと、
自然と涙が溢れそうになる。
私は涙が零れない様、曇った空を見上げると大きなため息を落とした・・・。
このため息の原因が、聖さまに少しでも伝わればいいのに・・・なんて、そんな事を考えながら・・・。
『ねえ祐巳ちゃん。もし私が今祐巳ちゃんに告白したら、祐巳ちゃんどうする?』
あの言葉・・・あれがもし、私に宛てたものだと思えたなら・・・私はどうしただろう・・・。
嬉しくて苦しくて、きっと泣き出してしまっただろう。
それでもきっと聖さまは、ただ黙って背中をさすっていてくれたかもしれない。
例えば私が、その時答えを出せなかったとしても・・・きっと優しく微笑んでくれていたと思う。
・・・でも。あの時の聖さまの言葉に私への愛は無かった・・・。
卒業前にくれた愛してると同様に、私への愛なんて・・・どこにも無かった。
私にくれない言葉なんて、私はいらない。はっきりとそれだけは言い切れる。
『どういう意味?』
そう聞いてきた聖さまの声はほんの少し怒っていて切なそうだったけれど、泣きたいのはむしろ私で・・・。
胸が痛い・・・心が苦しい・・・どうすれば私を見てくれるんだろう・・・どうすれば天使に勝てるのだろう。
そんな事ばかり考える自分が嫌で、汚く思えて、もうどうしようも無いほど愚かな人間に見えて・・・。
あんなにも輝いていた世界が、ほら、あの日から濁って見える。
全てが白黒で、自分に至っては真っ黒の闇みたいに見えて。
どうやってここに来たのかも解らずに、聖さまを捜して・・・でもその聖さまがどこに居るのか全く解らなくて不安で。
実際はすぐそこに居るのかもしれない・・・でも、きっと今の私には聖さまの姿は見えない。
こんなに汚い心で、聖さまが見える訳がない・・・。
曇ってた空が一瞬にしてボヤける。雨が降ってきた訳でもないのに、突然に。
頬をそれが伝うまで、視界がボヤけたのは自分の涙のせいだと言うことにすら私は気づかなかった・・・。
もう誰でもいい。ここから助けてくれるのなら・・・誰だっていい。
恋がこんなに苦しいなんて知らなかった。大好きな人を信じられないのがこんなにも辛いなんて。
大好きなお姉さまを疑った時でさえもう少し客観的で居られたのに、どうして?
そして私は知らない自分をまた一つ知った。
自分の中のこんなにも汚い部分があることを・・・。
独占欲と嫉妬という名前の欲望が、どんどん膨らんで、きっともう笑えない。
あの頃のように、ただ楽しかっただけの関係に・・・きっともう戻れそうにない。
瞳を閉じればいろんな聖さまの顔が浮かんでは消える。
こんなにも鮮明に思い描ける想い出も、全て偽りだったのかもしれない。
本当はどれも、私なんて見てくれてなかったのかもしれない・・・。
「・・・聖さま・・・どうして、あんな事言うの・・・?」
そんなに大きな声で言ったつもりじゃなかったけれど、その場に居た二〜三人が振り返った。
でも、そんな事もうどうでもいい。きっと叶わないこんな恋の事なんて、誰が気にするというのだろう。
昇降口でただじっと空を見上げて、いつ降りだしてもおかしくない天気に自分を重ねて・・・。
今頃、聖さまもどこかでこの空を眺めているだろうか。
私と同じように、こんな風に世界は白黒に見えているのだろうか。
ほんの少しぐらい、私に言ったあのセリフを思い出してくれているだろうか・・・。
ねえ聖さま、聞こえますか?私の中に、一体何を見ているんですか?
私を見てください・・・お願いです。私を見てほしいんです・・・聖さま・・・。
「ねぇ・・・おねが・・・っく・・・ちゃんと・・・私を・・・ひっく・・・見て・・・」
泣くつもりなんて無いのに、声にしようとすればするほど声にならない。掠れて行き場のない声が、空気に溶けた。
いくら言葉を重ねても、心が無いなら届かない。
どんなに想っても、気持ちが無いなら繋がらない。
だから私はたまに思うのです。
もしかして、全てが夢なのだろうか、と。
もしかして、全ては物語の中での話なのだろうか、と。
私はただの登場人物で、誰かに書かれた・・・ただのコマではないだろうか、と。