ずっと好きだと思ってた。

何があっても変わらないなんて、そんな漠然とした気持ちでいた。

揺るがないものなんてこの世には存在しない。

私は今日、それを思い知った。




『大切なモノが出来たらそこから一歩引きなさい』

お姉さまの言った言葉は、今も私の胸を締め付けて縛る。

そこから一歩も踏み出せず、一歩でも踏み出そうとするとまた後戻り。

どうしてあんな事をお姉さまが言ったのか・・・その意味なんて解ってるつもりだったのに。

本当はそうじゃなかったのかもしれないという事に気づかせたのは、私の大嫌いなアイツで・・・。

本当は悔しいのかもしれない。

どれほど憎んでいても、本当に私達はよく似ているから・・・。


ふとした拍子に思い出す事って、誰にでも結構ある。

私もそれは例外ではなくて、何故よりによって今思い出すのか・・・とか、

何故目の前にコイツが居るのかとか、もう今更そんな事を考えてもしょうがない。

だから・・・ほんの少しだけ成長した私は、今回ばかりはコイツの言う事に頷くしかなくて、

そして思い知る。

本当の自分の心を・・・こんなにも冷めた場所から見つめていた本当の自分を・・・。






「あ・・・祐巳ちゃん・・・」

数百メートル先を歩く見覚えのあるツインテール。

私はその姿に思わずその場で立ち止まった。正直迷っている。声を掛けようか掛けまいか。

あの皆で海に行った日以来会うのは久しぶり。

しかもなんともバツの悪い別れ方をしたものだから、声も掛けづらい・・・。

いつものようにふざけて抱きつけばいいのかもしれないけれど、今日はそれが出来ない。

・・・私はあの時振られてしまったのだろうか・・・?



あの日、帰りの車の中で私は祐巳ちゃんに自分の想いを打ち明けた。

と言っても、ふざけてだけど。本当に軽いノリで言ったのだけれど・・・。

もしかすると祐巳ちゃんはその中にある本心だけを見抜いてしまったのかもしれない。

でないときっと、あんな言葉を祐巳ちゃんが私に返す訳がないのだから・・・。

海を後にして30分ぐらいすると、夕日は完全に海に沈んで辺りはすでに真っ暗だった。

ようやく目を覚ました祐巳ちゃんは車の中に私達しか居ない事に気づいて最初は戸惑っていたけれど、

すぐに腹を括ったのか案外普通に話しかけてきてくれた。

『もう帰りなんですね・・・』

『そうだよ、祐巳ちゃん殆ど寝てたもんね』

私が笑うと祐巳ちゃんも照れながら笑っていた。

それからなんとなく学校の事とか、日常の事とかの話をして・・・あっという間に時間は過ぎて、

まるで私は幸せな夢の中にいるみたいな錯角さえおこすほど心は満たされていた筈だったのに・・・。

あまりにも幸せ過ぎて・・・というか一瞬昔の私に戻ってしまったみたいに不意にその言葉が口をついて出た。

『ねえ祐巳ちゃん。もし私が今祐巳ちゃんに告白したら、祐巳ちゃんどうする?』

確か、前にもこんな事を聞いた事があったような気がする。

その時は上手い具合にはぐらかされて、結局肝心な事は何も聞けなかった。

でも・・・今回は違った。ちゃんと祐巳ちゃんの口から祐巳ちゃんの気持ちを聞く事が出来た・・・。

でもそれは、私にとって嬉しい答えなんかではなくて、むしろ辛い・・・。

そう、祐巳ちゃんは一瞬目を見張ったけれど、すぐに真顔で私にこう言ったんだ。

『・・・聖さまは・・・私なんて見てないでしょ?』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

心が・・・心が一瞬凍りついたかと思った。

何かが胸に刺さるような・・・そんな痛み。

泣きだす一歩手前・・・涙を堪えて鼻の奥がツンとするような、そんな感じ。

どうしてそんな事を言うの?どうしてそんな風に思うの?

そりゃいつもふざけて抱きついたりしていたけれど、それは祐巳ちゃんが好きだったからで、

祐巳ちゃん以外にそんな事をした事など無かった。いや、したくなかったんだ。

それなのに・・・祐巳ちゃんは私にそんな風に言った・・・。

ワタシナンテミテナイデショ?

『どうしてそう思うの?』

ほんの少し私の口調は怒っていたかもしれない。祐巳ちゃんの表情が一瞬曇ったようにも見えたから。

でも、祐巳ちゃんは続けた・・・まるで私の心の奥が見えてるみたいに、はっきりと。

『なんとなく・・・あの卒業式の前に聖さまが言った、愛してる、と同じ響きだったので・・・』

どういう意味だろう?あの時だって十分本気だった。他の誰にも言ってない・・・ただ祐巳ちゃんだけだった・・・。

それなのに・・・どうして・・・。

何も伝わっていなかったのか、という思いとどうして祐巳ちゃんにはそんな風に思えたのかを聞きたかったけれど、

私はそれ以上もう何も言えなかった。聞いてはいけないような気がした・・・。

じゃあ今まで私が想ってきたキミへの想いは何だったっていうの?

そう言ってしまえば楽だったかもしれない。

もしくは祐巳ちゃんがもう少し鈍くて、もう少しだけ人の心が見えない子だったなら・・・あるいは。

あるいは、私は幸せを掴めたかもしれない。束の間の・・・本当に束の間の幸せを・・・。

だから、結局わだかまりが残らないように、いつもの仮面をつけて・・・。

『・・・ちぇ〜、結構本気だったのになぁ』

『またまた〜!ダメですよ?聖さま、あんまりふざけてそんな事ばかり言ってちゃ、

本当に大事な人まで失っちゃいますよ?』

『ええー・・・本当に大事な人は祐巳ちゃんしか居ないのに〜』

そう・・・本当に大事なのは祐巳ちゃんで、祐巳ちゃんしか居なくて・・・。

ただ盲目的にそう思っていて・・・。

それがどこからくるものなのか、根元はどこに繋がっているのか・・・そんな事考えた事もなくて・・・。

『はいはい、全くもう。聖さまってば相変わらずですね』

祐巳ちゃんは笑ってた。ただ困ったように笑って・・・そして車を降りてしまった・・・。

それから、祐巳ちゃんとは一度も連絡を取らなかった・・・いや、取れなかった。

まるで自分の想いを完全に否定されたみたいで、もう動けない、なんて思って。

久しぶりに部屋で一人静かに泣いて・・・。

それでも朝はやってくるし、お腹はいつものようにすくものなんだと感心しながら、結構平気な自分に驚いた。

もっと・・・もっと落ち込んでもいいんじゃないの?なんていくら自分に聴いても、答えなんて出る訳がない。

それでも人は何か答えが無いと不安になるもので、私もある一つの答えを見つけた。

その答えのおかげで私は祐巳ちゃんが好きなのだと思い込み、まだ好きでいれた。

でも・・・それはどこかで、本気で告白をした訳ではないからだ!なんて簡単な理由をこじつけていただけで、

今思えば答えはもっと根本的な事だったのだと知る。




結局・・・私はこの日祐巳ちゃんに声を掛ける事が出来ず、ゆっくりと祐巳ちゃんの後をついて行っただけだった・・・。




あんな想いはもう二度としたくない・・・。

あんな辛い別れはもう二度と・・・。

『大切なモノが出来たら自分から一歩引きなさい』

私を創るこの言葉とこの感情が、私の想いさえも少しづつ蝕んで偽者にしていただなんて・・・。

そしてそれにすら気づけないほど私は何も変わってなくて、何も見えてなど居なかった。

一歩引く事で全てを疎外して、ただ独り私だけの世界の中で祐巳ちゃんを好きでいたこと。

それ以外も全て・・・何もかも私は初めから持ってなど居なかったという事。

それを思い知らされた時、私は初めて自分は案外たくましくて、強いのだと知った。

でもそれもまた見せ掛けだけの強さで、結局そうする事でしか生きられない自分がそこに居る事も。

本当の愛ってなんだろう・・・人を愛するってなんだろう・・・?

今の自分には、きっとどうしたって見つけられない・・・そんな気がした・・・。

大嫌いなコイツを目の前にして、私は今・・・どんな顔をしているの?






全てが偽者だったとして、


誰か本物を知っているのだろうか?


どこかに答えはあるのだろうか?


きっと誰にも本当の事など解っちゃいない。


私も・・・貴方も・・・。










それぞれの告白   第一話