思い出を写真に閉じ込められるなんて思わない。
それでも人はどうにかしてそれを残そうとする。
そして写真を見るたびにきっと思い出す。
今日、私がキミにしたこと。
今日、キミが私にしてくれたこと。
良いことも悪い事も、全て思い出す。きっと。
「楽しい雛祭れすね〜?せいさまぁ」
「そうだねぇ。こんな雛祭は・・・初めてだなぁ、私」
いつもは雛祭は自分が主役だった。それでも、今日は何となくユミが主役のような気がしてならない。
セイはそんな事を考えながら、そっとユミの肩を抱く。
さっきから、お酒の勢いもあってユミはいつまでもセイから離れようとしない。
ついさっきもセイがお手洗いに立っただけで、どこに行くの?と心配そうに涙を浮かべていた。
そんなユミを見てセイは思う。
もしかすると、本当はユミはこんな風に甘えるのが好きだったのかもしれないな・・・と。
いつもはセイに遠慮して無理を言ったりわがまま言ったりなんて事ないけれど、
今日のユミは本当に大胆でわがままだ。
そして、そんな風に甘えてくれるのを嬉しく感じる自分の一面にも驚く。
いつも、多少のわがままぐらいなら言ってもいいよ?とユミに言ってきた。
でも今日のユミは本当にわがままで・・・多少どころではない、結構なわがまま具合なのだが、
それでも何故かそれを聞いてしまう自分の心。そしてそれを嬉しく想う気持ち…なんて不思議な感覚なのだろうか。
気持ちいいような、甘ったるいような・・・なんだかそんな気持ちで胸が一杯になってしまう。
「聖さま・・・わたし、聖さまが一番好き・・・この先もずっと・・・きっと」
セイの膝の上で甘えていたユミが、突然セイを見上げて真顔でそんな事を呟く。
「なに?突然・・・」
「んー・・・なんとなく・・・言わなきゃ、と思って・・・」
「・・・まぁ、あれだ。ほら、それは私もきっと同じだから・・・ね?」
それを聞いてコクリと頷くユミを見つめながら、セイは自分自身に歯がゆい思いをした。
どうしてもっと上手く伝えられないのだろう・・・本当に言いたいのはこんな事じゃないのに!!
真顔でユミにそんな事言われるなんて思ってもみなかったセイの頭の中は、真っ白になって・・・。
結局照れ隠しみたいな事しか言えなくて・・・。
案の定、ユミは頷いては見せたもののどこか腑に落ちないような顔をしている。
「や、あの、祐巳ちゃん?」
「いえ・・・いいんです。恥ずかしかった・・・んですよね?」
「・・・・うん・・・・」
ユミの素朴で直球の疑問に、セイは小さく頷くとユミの頭をガシガシと少し乱暴に撫でる。
何でもお見通しのユミ。いつからこんな風に立場が逆転してしまったのだろう?
「でも・・・これも悪くないか・・・」
「へ?」
「いや、こっちの話」
思わず出てしまった本音にユミは首を傾げている。そんな姿が可愛らしい。
あまりにも可愛くて・・・もうどうにかなってしまいそうな程で・・・。
「それにしても・・・着物ってどうしてこんなにも・・・」
「ぎゃうっ!?」
セイは最後まで言い終わらないうちにユミをそのままソファに押し倒すと、
その柔らかそうな薄いピンクの唇をそっと人差し指でなぞった。
『せい・・・さま?』
ユミの声にならない声が唇の動きで聞こえた気がした・・・。
「祐巳ちゃんは・・・本当に可愛い。でも、どうしてだろう・・・可愛いだけならこの世にいくらでもあるのに・・・。
どうして私は祐巳ちゃんでないと駄目なのかな?」
セイがそう呟くと、みるみるうちにユミの頬が紅く染まってゆく。
「わた・・・私だってそうですよ。どうしても聖さまでないと・・・嫌なんですから・・・」
ユミはポツリとそう呟くとフイとセイから顔を背けた。
恥ずかしくてドキドキして、もう心臓が飛び出しそうな程で・・・それはセイにしか反応しなくて・・・。
まるで違う生き物みたいに動く心臓に、ユミ自身も戸惑う程なのに。
この先一生こうだとしたら、きっとこの心臓は働きすぎてしまうんじゃないか?って心配したりするぐらいで。
「ほんと、どうしてだろうね・・・沢山人は居るのにね」
セイはそっぽを向いてしまったユミの頬に口付けると、そのままそっと首筋をへとキスを落とす。
ピクン、と小さく反応するユミの振動がセイにも伝わってくる・・・。
「ふふ・・・祐巳ちゃんは敏感だねぇ」
セイはわざと意地悪な笑みを浮かべてユミの耳たぶを甘く噛む。
思わず漏れるユミの甘い声・・・耳の奥に響くような痺れるような感覚に、セイは少し戸惑ってしまう。
「も、もう!!聖さまっ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
涙目で、怒ったような泣き出しそうなそんなユミの顔。セイをいつもドキドキさせるこの表情・・・。
そして、こんな表情をされると・・・いつももう、止まらない・・・。
セイはそんなユミにニッコリ微笑むと、そっと顎に手を添えこちらを向かせる。
「・・・ん・・・っふ・・・」
「・・・・ん・・・・」
キスの合間に漏れるユミの声は、セイの全てを受け入れてくれるようなそんな気さえして・・・。
華を愛しむようにそっとユミの髪を撫でて、その頬を包み込んで・・・甘いお酒の匂いと、
シャンプーの微かな香りに酔うみたいにセイはうっとりとその髪に口付ける。
ほんの少し開いた口から、何か音が漏れるけれど、自分でも何を呟いているのかわからない。
それでも、ただ愛しくて愛しくて・・・失いたくなくて・・・。
「祐巳ちゃん・・・好きだよ・・・」
セイはかろうじてそれだけ呟くと人差し指をユミの頬から首筋へとゆっくり下ろしてゆく。
「んん・・・」
何かに堪えるように目をギュっと瞑るユミ。
セイの指が首筋をなぞるだけで頭の中が真っ白になって何も考えられなくなって・・・。
ただいつもと同じように、セイにすがりつく事しか出来なくなってしまう。
「ほら、目・・・開けて?」
ユミの耳元でセイはそう囁くとそのまま耳をペロリと一舐めして、ゆっくりと、味わうようにユミの首筋を舐めてゆく。
「・・・ぅん・・・っふ・・・」
「・・・これは・・・」
セイはそう言ってピタリと手を止めた。突然の事にユミも目をまん丸にしている。
「・・・聖さま?どうしました?」
「いや・・・着物って案外大変だな・・・と思って」
セイはそう言ってバツが悪そうに笑うと、ユミを座らせ前から抱きしめる格好で、するすると器用に帯を解いてゆく。
そして、着物を丁寧に脱がせるとそれを手早くたたんだ。
「聖さま凄いですね・・・手馴れてます?」
「そうかな?そうでもないんじゃない?」
「だって・・・今すごい速さでしたよ?」
「はは・・・それは多分、今必死だから」
セイはそう言うと照れたように笑って長襦袢のみになったユミを抱きしめた。
・・・そう必死なんだよ・・・いつだって・・・
心の中でセイはそう呟くとユミの肩にコツンとおでこをつける。
「ねえ聞いて?私は今までこんな風に人を想った事ないの。
だからいつだって怖いし、いつ目の前から祐巳ちゃんが居なくなるのか、ってヒヤヒヤしてる。
それだけ祐巳ちゃんは私の中でその存在が大きくて、誰にも変えられないんだよ。
だから毎日必死になって祐巳ちゃんの事を想って、少しでも近くなろうとしてるの・・・だから・・・」
セイはそこまで言うと顔をあげ、なんだか泣き出しそうなユミの顔を上目遣いに見上げると、
ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、言った。
「だから、もう逃がさないからね」
「・・・せ・・・さま・・・」
ゾクリとした。その瞳が、その声が・・・まるで頭の中に直接飛び込んでくるみたいな。
自信たっぷりに笑うセイは、まるで獲物を捕らえた動物みたいに妖しく鈍く光る。
でも、それと同時に心の中に生まれる安心感は一体なんなのだろうか・・・。
ユミはただセイの顔を見惚れる事しか出来なかった。ただただ綺麗で妖しいその笑みに。
「覚悟してて」
少しづつ少しづつ距離を詰めて蝶をゆっくりと味わう蜘蛛みたいに、一生をかけて味わう。
この体が朽ちていつかなくなってしまっても、その体がいつかなくなってしまっても、
心だけは永遠に自分のモノであって欲しいから・・・。
セイはそう言ってゆっくりと、もう一度ユミをソファに横たえた。
そして、ゆっくりと長襦袢の襟口を開きそこから静かに手を入れる。
柔らかくて暖かい感触・・・まぁ、多少小さいけれど、それでもセイにとってはそれが一番で・・・。
「・・・ふぁ・・・つめたい・・・」
クスクスと小さく恥ずかしそうに笑うユミに、思わずセイも笑顔を浮かべてしまう。
『ユミの笑顔を見ていると、私まで幸せになるの。だから、あなたはいつでも笑っていてちょうだい』
不意にサチコが言ったそんな言葉が脳裏をよぎる。
そう・・・そうなんだ・・・この笑顔だけで私は・・・
セイはそっと目を閉じると、ユミの心臓に耳を当てるとその心音を確かめる。
リズムよく刻まれる心地の良い音・・・世界で一番愛しい、音。
セイはゆっくりと目を開け顔を上げると、キョトンとしているユミの唇に、そっと口付けた。
今日という日は二度とこない。
明日はもう、同じ時間は流れない。
だからこそ二人一緒に・・・。
獲物なんだよ、キミは。
私だけの最高のディナーなんだ。
だって、私の目に留まってしまったんだもの。
だからもう逃がさない。
二度とこの手を離さない。
・・・なんて、本当は私がキミの獲物なんだ。