空気を伝って聞こえる言葉は、
甘いものばかりじゃないけれど。
それでも私は求めてしまう。
私だけが知る、本当のキミを。
私がキミに話すとき、
キミの中に何が残る?
私の中に何が生まれる?
「しぇいしゃま〜おいしいですね〜〜」
「ゆ、祐巳ちゃん?それぐらいにしといた方がいいんじゃない?」
ヤバい・・・ユミが持っている甘酒を離さない・・・。
セイはさっきからどうにかしてユミの手から甘酒の入ったビンを奪おうとするが、その度に失敗していた。
思い返せば30分ほど前、夕食が終わって一息ついた頃にユミが大きなバックから取り出したのは紛れも無く甘酒だった。
「聖さまも飲みます?」
ユミは嬉しそうにそう言ってセイにもついでくれたのだが、セイは基本的にはコレが苦手だった。
お酒のくせに変に甘いし、何よりもこれはお酒であってお酒ではない。
セイがユミにそれを伝えると、ユミはしょうがなくそれを自分で飲みだしたのだが・・・。
「まさか・・・これで酔える人なんてこの世に居たんだ・・・」
思わずセイがそう呟いた程、ユミはお酒が弱かった。
そんな時かかってきた一本の電話。
『もしもし、福沢ですが・・・佐藤さんのお宅でしょうか?』
電話の主は他の誰でもない、ユミにそっくりの弟。ユウキだった。
『祐麒!?』
ユウキがここへ電話をかけてくることなど、ありえる訳がない・・・セイはそう思っていた。
これは相当な非常事態なのだろう・・・何故かそう思う。
『あっ!あの、お久しぶりです!!』
『はい、久しぶり。ところで・・・どうしたの?まさか祐巳ちゃんの事?』
セイは出来るだけなんでも無い様な振りをして、ユウキにそう尋ねた。
ユミはここにいる。それなのにユウキが電話をかけてくるなんて・・・まさか・・・黙って出てきたんじゃ・・・。
セイはそんな事を考えながらユウキの回答を待った。
『え、ええまぁ、祐巳の事なんですけど・・・そちらに居ます?』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
やっぱり・・・黙って出てきたんだ・・・。
セイはガックリと頭を落とし、一人ご機嫌なユミを睨みつけると小さなため息を落とした。
でも、心の中ではそんな事をする子じゃないのに、って考えもあるけれどユウキのこの口ぶりではそう思うしかない・・・。
『あのですね・・・実は・・・』
『いや、うん。ちゃんと来てるよ、ウチに。大丈夫、今甘酒飲んでご機嫌だから・・・変わろうか?』
セイはなんとなくユウキのそれから先の言葉聞きたくなかった。
ユミを疑いたくない。・・・でも、はっきり聞いてしまうとそれを認めないといけなくなるから・・・。
『そうですか・・・祐巳・・・』
ユウキの声に少し緊張感が張り詰めている。怒っているのだろうか?
そりゃたった一人の姉が黙って家を出たらユウキだって心配だったに違いない。
セイはそれを考えると、今後ろで機嫌良く甘酒を飲んでいるユミに腹が立った。
『祐麒?』
突然黙り込んだユウキの心中を察するようにセイが優しく問いかけると、ユウキのため息が電話越しに聞こえる。
『祐巳・・・飲んでるんですか・・・』
一呼吸おいて、呆れたようなユウキの声。
『・・・は?』
訳が分からず思わずセイはユミのような反応を返してしまう。
『あのですね・・・祐巳は、その・・・お酒相当弱いんですよ・・・』
あきれたようなユウキの声。セイの中の疑問符はどんどん大きくなってゆく・・・。
『え?・・・えっと・・・祐巳ちゃんは黙って家を出てきた訳じゃないの?祐麒はそれを心配してウチに電話してきたんじゃ?』
『へ?いいえ?祐巳はウチから食材持てるだけ持って、聖さまの家に行って来る!って大慌てで出て行きましたけど・・・』
ユウキはそう言ってユミの口調を真似て聞かせた。やっぱり長年一緒に居るだけあってとてもよく似ている。
ユウキの口ぶりからして、本当にユミは大慌てで家を飛び出したのだろう・・・。
そんな光景が頭に容易に浮かぶから、なんだか嬉しいようなおかしいような、そんな気分。
『はは・・・そう、それならいいんだけど・・・まさか黙って出てきたのかと・・・』
セイが苦い笑いをこぼしながらそう言うと、電話の向こうでユウキも笑っている。
『まさか!それはないですよ。それに佐藤さんちに行く時は大体態度で分かりますから』
『そ・・・そう・・・それ聞いて安心したよ。まさかとは思ったんだけどね・・・』
オイオイ・・・これはバレてるんじゃ・・・
セイはユウキの口ぶりに動揺したが、それはあえて黙っている事にした。
そしてふと疑問に思う。
『あれ、じゃあどうして祐麒が電話してきたの?』
『ああ!そうだった・・・あのですね、祐巳のヤツ本当に酒弱いんですよ。
だから、甘酒とかもあんまり飲まさない方がいいですよ、って言おうと思ってたんですけど・・・もう遅そうですね・・・』
『・・・そうだね・・・遅いね・・・今三本目のフタに手をかけてるよ・・・』
セイはテーブルの上に転がった甘酒の空き瓶を見て苦笑いする。
『三本目か・・・じゃあきっともう遅いか・・・佐藤さん、ご愁傷さまです!』
『えっ?!ご、ご愁傷様って・・・ちょっ、祐麒!?』
『健闘を祈ってますんで!!!それじゃあ、夜分に失礼しました』
『あ、コラ!祐麒!!』
慌てて電話を切ろうとするユウキ。セイはそれに待ったをかけようとしたけれど、先に逃げられてしまった。
プツ。ツーツーツー。
「一体何だったの・・・」
セイは受話器を握り締めながらチラリとユミを見て苦笑いした。
本当に機嫌が良さそうで、ほんの少しうらやましい。
よく酔ったもの勝ちなんて言うけれど、あながちアレは間違いではないのかもしれない・・・。
そして話は今に至るというわけだ。
結局ユミは甘酒を30分の間に4本も飲んでしまった。
確かに子供でも飲めるのだからそんなにアルコールは強くないし、多少飲んでも大丈夫だとは思うが、
それでもユウキがわざわざ電話をかけてくるほどユミはお酒が弱いらしいので、セイは流石に少し心配になってきた。
とりあえず残りの甘酒は全部隠したからいいようなものの、あのまま放っておいたら一体いつまで飲み続けた事か。
「せいさまぁ〜」
「な〜に?」
・・・さっきから何度名前を呼ばれた事だろう。一日にこんなにも誰かに名前を呼ばれた事など・・・きっと無い。
セイの名前を呼ぶたびにユミは、へへ、と嬉しそうに笑う。そんなユミが凄く可愛くて・・・。
「ねえ祐巳ちゃん。ちょっとこっちおいで」
セイはふと何か思いついたように口の端をニヤリと吊り上げた。
「なんれすか〜?」
「いいからいいから」
セイはそう言ってユミをソファに座らせると、髪と着物を丁寧に直す。
「ちょっとじっとじててね?」
セイはそう言ってテーブルの上に置いてあった携帯電話のカメラをユミに向けた。
普段は絶対にこんな風にユミは写真を撮らせてくれない。
こんなチャンスは、滅多にやってこない。
そう思ったセイは大人しくソファに腰掛けているユミをカメラにおさめた。
お酒の力を借りたけれど、素で笑うユミ。
着物姿で髪を上げて・・・それはまるでセイの為だけの雛人形のようで・・・。
「祐巳ちゃん・・・凄い綺麗・・・お雛様みたい・・・」
思わず出た本音に、ユミは照れたように笑うとセイの方に手を伸ばしてくる。
「じゃあ次はしぇいしゃまととる〜」
ユミはにっこり笑ってそう言うと、セイの膝の上に座った。そして思う。お酒の力は偉大だと・・・。
普段はこんな風には絶対に甘えられない。
意識が微かに残っている分とてつもなく恥ずかしい・・・でも、体や口が勝手に動いてしまう。
そして、こんな風に甘えたいと思うのはセイにだけなのだ、と改めて思った。
「えー・・・祐巳ちゃんだけのが可愛いって」
「いやっ!!せーさまととるー」
「う・・・わかった・・・一枚だけね・・・」
お酒のせいでユミの瞳はうるんでキラキラしている・・・。こんな目で見つめられたら、セイには抵抗する術が無いわけで・・・。
セイは膝の上でゴロゴロと猫みたいに甘えるユミの頭を撫でながら腕を伸ばしてカメラを構えた。
「じゃ、いくよ」
「はいっ!」
カシャ・・・ゴト。
小気味良いカメラの音と、携帯電話を落とした音が部屋に響く。
「ゆ、ゆ、ゆ、祐巳ちゃん!?」
「えへへ〜誰にも見せちゃダメれすよ〜」
「う、うん」
セイはそれだけ言うと口元を押さえて真っ赤になった。そんなセイの顔を嬉しそうに覗き込むユミ。
お酒が入って酔っ払ったユミは、とても大胆で素早い。・・・セイはそう思った・・・。
ヤラレタ・・・と。ギリギリの理性がチリチリと焼け焦げてゆくのがわかる。
セイは膝の上でコロコロと笑うユミの頭を撫でながらポツリと呟く。
「さっきは疑ってごめんね?」
ユミは黙って出てくるような子ではない。それを信じ切れなかった自分が情けない。
「?なにがれすか〜?」
「なんでもない」
セイは苦笑いしながらそう呟くと、落ちていた携帯電話を拾い画像を保存する。
・・・携帯電話には驚いて目を丸くしているセイと、可愛らしくセイにキスをするユミが残っていた・・・。
二人で撮った写真は何枚かあるけれど、きっとこれが一番。
思い出を写真に閉じ込められるなんて思わない。
それでも人はどうにかしてそれを残そうとする。
そして写真を見るたびにきっと思い出す。
今日、私がキミにしたこと。
今日、キミが私にしてくれたこと。
良いことも悪い事も、全て思い出す。きっと。