過ぎてゆく時間に私はいつも焦ってばかり居た。


何もしないまま、何も変わらないまま時は過ぎて、


私はいつも置き去りで。


誰か一人でいいから、私を見て欲しかった。


誰か一人だけでいいから・・・ここから助けて欲しかった・・・。






「ところで祐巳ちゃん・・・どうしてここへ?」

セイはユミをソファにきちんと座らせると尋ねた。

今日は会えないとばかり思っていたからもちろん何の用意もしていない。

晩御飯だって大したモノ作れないし、ましてや雛祭のケーキだって用意出来ないセイとは違って、

家で食べた方が絶対に美味しいものを食べられるのに・・・。

いや、前もってユミが来る事が分かっていれば、それなりに用意はしたのだが。

そんなセイの心を察したのか、ユミはただにっこりと笑って言った。

「なんとなく・・・呼ばれたような気がして」

ユミはセイが淹れてくれたミルクティーを一口すすると、ポっと頬を染める。

昨夜、セイと電話した時に思った。今日、ここへ来ようと。

流石に突然来たらきっと迷惑だろうと思い何度も電話したが、ずっと話中で・・・。

ようやく繋がったと思ったら、今度は誰も出ないし・・・。

・・・とても不安だった・・・。

セイはユミを拒絶しない。そんな事は痛いほどよく分かってる。自惚れかもしれないけれど、そんな自信がある。

でも・・・今日は不安で、落ち着かなくて・・・気がついたら食べ物をかき集めてバスに乗り込んでいた。

「・・・私、知らないうちに祐巳ちゃんを呼んだのかな?」

「・・・分かりません・・・けど。あ、あの・・・ごめんなさい!突然押しかけて!!びっくりしましたよね?」

ユミはセイの白い手をギュっと握ると、途端に涙目になる。

今になって思えば本当に迷惑な話だと、自分でも思うから・・・。

案の定セイは苦い笑いをこぼしてユミをまっすぐに見ている。

「そりゃあね。目覚めたら掛けた覚えの無い毛布が掛かってて、それにすがりつくみたいに祐巳ちゃんがぶら下がってるんだもん。

誰だってビックリすると思うよ?」

セイの冷たい手を、ユミが暖めるようにそっと包み込んでくれる。指先を伝って流れてくる温もりと、感情。

ここにユミが来てくれた。驚きとか、感動とか、沢山の気持ちや想いが体中を流れる・・・。

でも、そんな事はもうどうでもいい。そんな些細な事など、今は本当にどうでもいいことなのかもしれない。

・・・ただ、ユミが今ここに居る事こそ、こうして自分を想ってここに来てくれた事こそが、今は大事なのだろう。

「・・・やっぱり・・・そりゃそうですよね・・・」

ユミはゆっくり俯くとセイから手をそっと離そうとした・・・が、セイがそれを離さない。

それどころか、痛いぐらいの力を込めてユミの手を握り返してくる。

「最後まで聞いて。確かにビックリした。本当に驚いた。でも・・・迷惑だなんて・・・思わない。

そんな事・・・思うわけない」

「・・・聖さま・・・じゃあ私、来ても良かったですか?」

「当たり前」

セイはそう言ってユミをグイっと引き寄せると耳元で小さく、バカね、と呟いた。そして・・・。

「分かってるでしょう?私が祐巳ちゃんと毎日こうして過ごしたいって願ってる事ぐらい」

「・・・・・・・・・・・・・」

ユミが顔を上げようとすると、セイはそれを阻止した。

どうやら恥ずかしいらしく、セイの心拍数がドクドクと早まっていくのがユミにも伝わる。

ユミはもう、何も言わずセイに抱きつきただ、セイの心臓の音だけを聞いていた・・・。

「・・・聖さま・・・凄く・・・好き・・・」

「・・・・うん・・・・」







「これと、これと、これでしょう。それにこれも持ってきちゃいました!!」

「・・・随分沢山持参してきたね・・・重かったでしょ?言ってくれたら迎えに行ったのに・・・」

セイはテーブルの上に置かれた沢山のオードブルを前に目を点にした。

そんなセイの言葉に、ユミはギロリとセイを睨みつけ口を尖らせる。

「どこの誰ですか?電話に出なかったのは・・・」

「あ、いや、ごめんごめん。でもほんと、よく一人でこれだけ持ってきたね・・・」

携帯電話の着信履歴には二、三分おきにユミからの電話がかかってきていた。

家の電話の留守番電話にまでユミの切羽詰った声が入っていて、ユミがどれほどセイを心配していたかが伺えた。

「いやぁ・・・なんせ必死だったもので・・・重さとかよく分からなかったですよ」

そう言って照れるユミ。本当に分からなかった。

寒さのせいもあったのかもしれないけれど、バスの中でも心臓破りの坂でもセイの事だけを考えて歩いていた。

少しでも早く会いたいのと、電話に出ないのが心配でしょうがなくて・・・。

そんなユミの言葉にセイは嬉しそうに顔をほころばせると、ユミを引き寄せて頬にキスをしてくれた。

「嬉しい事言ってくれるねぇ、祐巳ちゃんは」

「そ、そうですか?」

「うん!着物姿も見れたし、今日はご馳走だし・・・何より祐巳ちゃんが居るし・・・」

セイは、へへ、とはにかむとプイと席を立ってしまった。

「あ、ちょ、聖さま!?」

ユミが慌ててセイの服のそでをつまむと、セイはその手をそっと離し小さくウインクをしてキッチンへと向かう。

「お茶のおかわり淹れてくる。ついでに夕食の準備も、ね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ユミはしばらくポカンとその場に座っていたが、やがて何か思いついたようにそっと立ち上がる。

そして足音を忍ばせセイの後ろに立つと、少し背伸びをしてセイの耳元でボソリと呟いた。

「聖さま・・・もしかして、照れてます?」

「ひゃんっ!?」

突然のユミの声に、セイは冗談ではなく5cm程その場で飛び上がった。

勢いよく振り返ると、お腹を抱えて笑うユミがそこに立っていて・・・。

「ゆ、祐巳ちゃん?」

「せ、聖さま・・・か、可愛い!!!もう!!」

いつも格好良いもんだから余計にこんなセイが新鮮で、可愛くて。

セイはさらに恥ずかしそうに耳まで真っ赤にしている・・・。

「もうっ!うるさいうるさい!祐巳ちゃん笑いすぎ!ほら、これ持ってって」

セイはちょっと怒ったようにつっけんどんにユミにお皿とお箸を渡すと、手のヒラをヒラヒラさせて出て行けという。

チラリともこちらを見ないあたり、どうやら相当恥ずかしかったらしい。

ユミはそんなセイに渋々従うとキッチンを後にした。

「はぁ・・・こんなに笑ったの、どれぐらいぶりだろう・・・」

食卓についたユミの言葉に、セイはピクンと肩を震わせる。

「はいはい、それは良かったですね・・・もう・・・覚えとけよ〜・・・」

同じく食卓についたセイはまだ笑っているユミを見て頬を少し膨らませて見せた。

そして、ユミのお皿の上に置いてあった酢豚の中のパインを取ると、それを口の中に放り込む。

「あ・・・」

「思う存分笑わせてあげたじゃない?それのお代って事で」

「・・・根に持ってますね?」

「べっつに〜。全然くやしいとか思ってないよ〜?」

「・・・聖さま・・・本当に・・・」

「本当に何?」

「べっつに〜?なんでもないです」

「?ま、いいや。食べよ!せっかくの料理が冷めちゃう」

「そうですね!」

・・・聖さま・・・本当に・・・好きだなぁ・・・

ユミは思わずニヤけるのを、料理がおいしいから、と言ってごまかした。

セイが笑う・・・ユミにはそれが嬉しくて楽しくて・・・。

本当にこの人の事が大事なんだな、と心から実感する。




いつでも、いつまでも、こうやって二人笑っていられたら・・・。






空気を伝って聞こえる言葉は、


甘いものばかりじゃないけれど。


それでも私は求めてしまう。


私だけが知る、本当のキミを。


私がキミに話すとき、


キミの中に何が残る?


私の中に何が生まれる?

















たった一つの雛人形   第三話