セイはユミの答えを聞くと、じゃあ行こう。と手をひいた。
それにしても多いなぁ・・・。
ちょうどお昼時とゆうのもあって「オムライス」店はとても混んでいる。
セイとユミの前にもまだ3グループぐらいの団体が待っていた。
「…多いね。待てる?」
「はい。私は待てますよ。聖様はどうなんです?」
「う〜ん。まぁどこに行っても一緒だろうしね。今日はどこも一杯だよ。きっと。」
セイはそう言って小さくため息をついた。
ホントはこんな所であんまり時間潰したくないんだけどな・・・。
次はいつ二人きりで遊びにこれるか分からないし。
「…聖様?そんなにお腹減ってたんですか?」
「えっ?あぁ…いや、ごめんちょっと考え事してた。それにしても、早く順番回ってこないかなぁ〜。」
セイはそう言って子供みたいに地団駄を踏む。
そんなセイを見てユミは思わず顔を赤らめた。
い、一緒にいるのがちょっと恥ずかしい・・・。でも、とユミはもう一度セイを見上げる。
そう言えば私服の聖様ってお正月以来だな・・・。
あの時はイギリスの紳士みたいな格好してたけど・・・。
今日の出で立ちは、ねずみ色のステンカラーコートに、
適度に使い古したジーンズの裾をロングブーツに入れて、
さながらドイツ軍のようだ。今日も文句のつけようがないほど良く似合っていて、カッコイイ。
しかし良く似合うな・・・こんな服・・・。少しも浮かないところがスゴイよなぁ。
ふと、さっきセイに冗談で言われた言葉をユミは思い出した。
『もし私がキミを好きだって言ったらどうする?』
今思い出しても顔が赤くなる。正直に言えばうれしかった。
これが本音だ。でもその反面怖いとも思った。
幼稚舎からリリアンにいる祐巳にとっては男といえば祐麒かお父さんぐらいしか知らない。
あとは小林君とか、銀杏王子ぐらいか・・・。でもどれも恋愛の対象にはならない。
セイに言われた一言はどうしようもなくユミの中で広がってゆく。
それがたとえ冗談だったとしてもだ。
・・・駄目だ・・・もうわかんないよ!
「ゆ、ゆみちゃん?だいじょうぶ?」
セイの突然の言葉にユミは我に返ると、どうにか笑顔を作った。
「は、はい。大丈夫ですよ。オムライス何にしようか考えてたんです。聖様は決まりましたか?」
「うん。私はアレにする!」
セイはそう言って店外に並んでいたダミーの一つを指差した。
「あ、あれですか!?」
「うん!おいしそうでしょ?」
「え、ええ?まぁ…以外にって事も・・・。」
あぁ、そう言えばこの人…前にもマニアしか食べないようなモノ食べてたっけ。
でも流石にコレはないだろう!?
注文する方もする方だけど売る方もこれはかなりの賭けだと思う・・・絶対に・・・。
結局10分ぐらい待っただけで二人の順番は回ってきた。
ウエイトレスさんに案内されるままに席につくと、セイは嬉しそうにウェイトレスさんにお礼を言っている。
・・・まぁ、このウェイトレスさん美人だもんね・・・。どうせ私は狸顔ですよ。
でも狸だって愛嬌があっていいじゃない!カワイイもんよ。
ユミはまだ嬉しそうにウェイトレスさんに話しているセイをキッと睨み付け、とりあえず注文をした。
ウェイトレスさんは二人の注文を聞き終えるとそのまま厨房へと消えて行った。
セイはまだふくれているユミをチラリと見る。
…妬いてくれるの?ねぇ、ゆみちゃん。私にはゆみちゃんしかいないんだよ?
オムライスを食べてお腹いっぱいになったユミのご機嫌はすっかり直っていた。
セイもユミの機嫌が直ったのを見てホッとする。
それからは滞りなくスムーズに二人は館内を見て回った。
館内を一周し終え、セイが時計を見るとすでに4時半だ。
そろそろタイムリミットか・・・。
「さて、そろそろお開きにしようか。…?ゆみちゃん?」
ふとユミを見ると、顔を赤らめてなにやらポヤ〜ンとしている。
ユミの視線の先を辿ってみると、そこには一組のカップルが水槽を覗き込んでいる姿があった。
男の人の方が女の人の腰に手を回している。
…そっか…ゆみちゃんと付き合うとああゆう特典もあるのか・・・。
セイはそんな事を考える自分を振り払おうと頭を振ると、ユミの耳元で囁いた。
「うらやましいの?ゆみちゃん。」
「うぎゃうっ!?」
ユミは驚きのあまり体を仰け反らせ…そしてそのまま後ろに倒れそうになった。
セイがあわててユミの腰に手を回して支える。ユミの顔はさっき見たタコよりも真っ赤だ。
・・・柔らかいなぁ・・・。ち、違う!そうじゃなくて!!
セイは自分に突っ込みを入れた。そう、それどころじゃない。
危うく頭を思い切り床に打ち付けるところだった。
「大丈夫?」
セイにどうにか助け起こされたユミはうつむいたまま頷いた。そしてしばし無言の後にポツリと言った。
「…羨ましかったんじゃないですよ…。ちょっとだけいいなぁって思っただけです…。」
もしもし?・・・それを羨ましいってゆうんじゃないの?
でもどうやらユミの中では微妙にニュアンスが違うらしい。
「えっと・・・それじゃあそろそろ帰りましょうか?」
「そうだね。あんまり遅くなるとお母さん心配するしね。」
セイはそう言ってユミの手を取った。なんだか今日は一日中手をつないでいた気がする・・・。
出来るならこの手をずっと・・・。
電車に乗ってすぐ隣のユミから静かな寝息が聞こえてきた。どうやら眠ってしまったようだ。
ユミは電車の衝撃で自然とユミにもたれる形になっている。
・・・切ないよな、ほんと・・・。
セイは小さく困ったように笑った。
それにしても、だ。今日の収穫は思いのほか沢山あったな・・・。
まず、あいかわらずぬいぐるみみたいにフカフカしてるのは知ってたでしょ。
それに結構スキンシップが好きな事!これは重大だもんね。
…あぁ、あと趣味が変わってる…。結局タカアシガニの何が可愛かったんだ?
いつか聞こうっと。買ってあげたお土産もタカアシガニのぬいぐるみだったしな・・・。
最後にやっぱり一緒にいると楽しい!ドキドキする・・・。誰と居るときよりも。
やっぱりキミが大好きだよ。ユミちゃん。
やがて電車はK駅に到着した。
セイはユミを起こすとまだ目をこすっているユミを支えながら、家まで送ろうか?
と提案したがあっさり却下されてしまった。
ユミが言うには暗くなるのが早くなってきたから寄り道せずに真っ直ぐ帰れとの事だった。
「家に帰るまでが遠足ですからね!」
なんてお決まりの台詞を言っている。
「それじゃあ聖様…今日は楽しかったです…たまにはいいものですね。」
「うん。私も楽しかったよ。…あのさ、祐巳ちゃん。
もし又こんな風に遊ぼうって言ったら付き合ってくれる?」
セイはそう言ってうつむいた。
暗くなってきているので顔色はわからないが、ユミはその仕草で照れているのだと分かる。
「はい!もちろんですよ。…今日は本当にありがとうございました。ぬいぐるみまで貰ってしまって。」
セイはユミの答えを聞いてうれしそうに顔をあげた。
ユミはセイのあげたカニのぬいぐるみのハサミの所を左右に振っている。
「ううん。こっちこそ今日はありがとう。それじゃあまた明日。学校でね。」
「はい。また明日学校で!」
ごきげんよう。そう言ってセイがユミの手を離そうとしたが、ユミはなかなか離そうとしない。
「どうしたの?ゆみちゃん?」
セイが尋ねるとユミは俯いて小さな声で呟いた。本当に小さな声で。
「…今日の聖王子様もなかなか良かったですよ…えっと、それだけです!それじゃあごきげんよう!!」
ユミはそう言ってセイの手を離すと小走りで人ごみの中へ消えてしまった。
一瞬夢かと思った。まさかそんな事言われるとは思ってもみなかったのだ。
セイはその場に立ち尽くしたままボソリと言った。
「ありがとう。・・・でも明日からはまた当分ナイトでいるよ。
でもいつか、必ず王子様に昇格してみせるから。」
そしてセイもクルリと踵を返し、雑踏の中に消えた。
…どうしてあんな事言っちゃったんだろ・・・。でもどうしても言いたかったんだ。
しかし、だ。今日は思いのほか楽しかったなぁ。白薔薇様の違う一面も見れたし。
それにしても制服じゃあんまり分からないけどやっぱりスレンダーだなぁ。うらやましい…。
後、白薔薇様の味覚ってやっぱり変わってるかも・・・。よりによってアレだもんなぁ。
ウェイトレスさんまで苦笑いしてたもん。
ユミはセイが選んだオムライスを思い出した。
セイの選んだメニューは生オムクリームライス。ライスはケチャップで。
うっぷ・・・思い出しただけで気持ちが悪くなる…。
でも今日の一番はやっぱりこれかな。
ユミはそう言ってポケットの中からバッヂを取り出した。それを見て思わず微笑む。
照れた白薔薇様!可愛かったな・・・。
…ところで白薔薇奥儀なんて本当にあるのかな?明日志摩子さんに聞いてみよ。
ユミはバッヂを直すとカニのぬいぐるみを眺めた。
ふとどこがかわいいのか、と悩んでいたセイを思い出す。
タカアシガニの一番かわいい所はこの模様ですよ。白薔薇様!
また、一緒に遊びに行きましょうね?
参考/ビーナスは片思い・なかじ有紀