三月のイベントと言えば?

一般的にはひな祭りと、ホワイトデー。

ホワイトデーも、もちろん大切な外せないイベントだけど今日のお話はひな祭り。

何故かって?答えは簡単。

だって、愛しいあの人もまた、女の子なのだから・・・。








「聖さま!明日はひな祭りですね?聖さまは何かするんですか?」

電話の向こう側で嬉しそうにはしゃぐユミ。そうか、そんなにもひな祭りが嬉しいか。

セイはそんな事を考えながら、ホクホクした顔をしながら電話をしてきたユミの顔を思い浮かべた。

きっと今、心底嬉しそうな顔をしているにちがいない・・・。

「ひな祭りねぇ・・・一人でやってもねぇ」

そう、一人で甘酒飲んだりご馳走作ったり・・・そんなのは性分じゃないし、何よりもそんな事したら返って寂しさが増す。

ただでさえ、明日はユミには会えそうに無いと言うのに・・・。

「・・・そうなんですか・・・」

「うん。残念だけどね。祐巳ちゃんちは何するの?」

「えっと・・・ウチは普通にお人形飾って甘酒飲んで・・・とかですけど・・・」

こうして話していると、自分の家がどれほど平凡なものかがよく分かる。

まるで絵に描いたような雛祭。ユミはそんな事を考えながら床の間に飾ってある大きな雛人形を思い出す。

「へえ、楽しそうだね。じゃあ明日はごちそう?」

「あ、はい・・・多分」

「そう。じゃあ明日は目一杯楽しまないとね」

「あ、あの!聖さまも良かったら・・・その・・・ウチに来ますか?」

ユミは意を決したようにそう言うと、受話器を握り締めながらセイの答えを待った。

「へ?」

「あ、嫌なら別にいいんですけど・・・」

「う〜ん・・・明日はいいよ。遠慮しとく。誘ってくれてありがとう」

正直、誘ってくれたのはとても嬉しかった。・・・でも、明日の主役はやはりユミだ。

家族の団欒に水を差すのはあまりにもヤボというもの。

少なくともセイはそういうつもりでその誘いを断ったのに、どうやらユミは何か勘違いをしたらしく、途端に元気が無くなってゆく。

「・・・そう・・・ですか・・・」

ユミは電話を握る手から力を抜くと、ポツリとそう呟く。

断られたのがショックな訳ではないけれど、ただセイに気を使わせてしまった・・・そう思った。

優しいセイはユミの迷惑になるような我が侭など言ってこないのはよく知っているし、

そういう行事に特に思い入れが無いのも最近だんだんと分かってきた。

でもたまには・・・たまにはもっと強引になって欲しいと思うこともある訳で・・・。

「祐巳ちゃん?誘ってくれたのは本当に嬉しいんだからね?私は別に気を使った訳じゃないから、気にしないでね?」

「ええ・・・分かってますよ、大丈夫です」

ユミは出来るだけ気にしていない振りをしてセイにそう告げた。

セイはあんな風にいつもユミの気持ちを察してすぐにフォローに回ってくれる。

ユミが気にしないよう、思いつめないよう・・・そんなセイだからこそユミは、余計に気にしてしまうのかもしれない。

「えと・・・それじゃあそろそろ・・・」

「あ、うん。そうだね・・・本当にありがとう、祐巳ちゃん」

「はい・・・それじゃあ、おやすみなさい、聖さま」

ユミの少し元気の無い声・・・こんな声ですら、可愛いと思ってしまうのはいけない事だろうか。

セイは頬をかきながらコホンと小さく咳払いをすると、部屋を見渡した。

自分以外に誰も居ない事など分かっているのに、何故か確認してしまう自分が恥ずかしい。

誰も居ない事を確認したセイは、受話器を口元に近づけると小さな声でポツリと呟く・・・。

「・・・あー、えっと・・・その・・・好き・・・だよ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・ゆ、祐巳ちゃん?」

「うわっ!!は、はい!?」

「・・・反応ないとかえって恥ずかしいんだけど・・・」

苦い笑いを浮かべながらそう呟くセイの顔は・・・電話で良かった、と思えるほど赤い。

「あ・・・や・・・その、ちょっとビックリして・・・」

「はは・・・自分でもビックリしてる。でもね、どうしても言いたかったの」

なんだかとても言いたくて、近くに居る事を実感したかった。言える時に言っておかないと、きっと後から後悔するから・・・。

セイはそんな事を考えながらクスリと小さく笑う。

「・・・私も・・・聞きたかったです・・・」

普段はこんな事言わないのに・・・いや、ふざけてならよく聞くけれど、こんな風にまじめに言ってくれる事などあまり無い。

それを思うとユミの胸は熱くて蕩けてしまいそうで・・・。

「そ、そう?ならちょうど良かった・・・それじゃあ。おやすみ」

まさかそんな答えが返ってくるなんて想像もしていなかったセイの顔はさらに熱をおびてゆく。

そして改めてこれが電話で良かった、と思った。もしも今本人が目の前に居たらきっと・・・。

「あ、はい。おやすみなさい」

三秒ぐらいしてカチャンと静かな電話を切る音。とても寂しくて、胸が締め付けられる・・・。

ユミは溜息を一つ落とすと静かに受話器を置いた。




慌ててお風呂から上がってセイからの電話に出たのがだいたい9時ごろ。

時計の針はすでに11時を回っている。

そもそも雛祭の前に一度電話を切ろうとしたのに、どうしてこんなにも長電話になってしまったのか・・・。

それは一重に切ろうとしてもどちらもなかなか電話を切らないからだろう。

ユミは付き合い始めの頃の初々しい気持ちに帰ったようで少し嬉しかった。

昔はよくどちらが先に切るとか切らないとかでもめたっけ・・・。

あの頃はこんなにもセイの事を大切に思うようになるなんて思ってもみなかったし、

恋愛はだんだん落ち着くものだとばかり思っていたのに、実際には全く逆だった。

たった1日会えないだけ・・・それなのに声を聞くだけでは満足なんて全然出来なくなって。

「よし!決めた!!」

ユミはバフンとベッドに転がると、枕元に置いてあったセイに貰ったトゥイーティーのぬいぐるみを引き寄せる。

「やっぱり明日・・・」

そう言って手を伸ばし照明を切ると、ゆっくり瞳を閉じる。

『・・・あー、えっと・・・その・・・好き・・・だよ?』

恥ずかしそうなセイの声が心地よいBGMとなって、ユミを夢の世界へと連れて行った・・・。





電話を切ったセイの顔はまだ真っ赤だった。

それこそ熟れたトマトのように、という表現が一番正しいんじゃないか?と思うほど。

本当はユミともっと一緒に居たい。ずっと一緒に居たい。

けれど、一緒にいたら電話をする事もきっと無くなる。

そう思うとこの距離でもいいかもしれない、なんて考えが脳裏をよぎるのだが・・・。

セイはそんな考えを一蹴するように頭を振ると、その考えを打ち消した。

やっぱり一緒がいい。触れたい時に触れられないのは・・・とても辛いから。

セイは自分の手の平をじっと見つめると、ギュっと握りこぶしを作った。

何もつかめなくて抜けてゆく空気・・・。

明日は会えない・・・そう思うだけで心が折れそうで、苦しくなる。

こんなにも人を好きになった事など無かった。こんなにも愛してしまうなんて思わなかった・・・。

「ほんと・・・不思議だよねぇ・・・」

セイは自嘲気味に笑うとベッドに転がる。

何の変哲もないごく普通の女の子だったユミ。それなのに、いつの間にか特別な存在になっていて。

こっちになど振り向いてもらえないと思っていたから余計に今が嬉しくて。

「本当に好き・・・なんだ。祐巳ちゃん・・・」

セイはポツリとそう呟くと、窓の外に浮かぶ大きな白い月を眺めた・・・。



一年に一度の雛祭。

女の子の厄除けの為にお人形を飾る。

桃の花を飾って、甘酒を飲んで・・・一年の厄を払って。

でもさ、二人で居れば厄なんて寄り付かない。

ねえ?そう思わない?






どれだけ言葉にしても、


どれだけ態度で表しても、


伝わらない事もある。


だからこそ、今が大事で、


今がこんなにも愛しいんだ、と私は思うんだよ。








たった一つの雛人形   第一話