雲は毎日形を変えて、ずっとそこにあるなんて事はしない。


一秒だって、一瞬だって同じ事はなくて・・・。


人の心もそう。


一瞬だって同じ事など考えてやしない。


それでも、きっと変わらない・・・。


この想いだけは、きっとずっと・・・ここに在る。





さて、どうしたものか・・・セイは鏡の前に自分の姿を映し、ため息を一つ落とした。

「聖、何やってるの?皆もう行ってしまったわよ?」

「ああ、蓉子か・・・いやね、Tシャツ着ようかどうしようか、と思って」

セイはそう言ってカーテンを開けると手にもったTシャツをヨウコに手渡した。

「・・・そのままのがいいんじゃない?」

ヨウコはゴクリと息を呑む。

セイとは同い年なのだから水着姿ぐらいいくらでも見た事あるはずなのに、何故か今日は動機が収まらない。

まるで心臓が頭の中にあるみたいにドクドクと痛む・・・そんな感じ。

そんなヨウコの気持ちを知ってか知らずかセイは、そうかなー?などと前髪をかきあげている。

・・・何度・・・何度その白い手で触れてほしいと願ったか解らない。

その白くて長い指が、そのどこか含んだような悪戯な眼差しが・・・自分だけのものになったなら・・・何度もそう願っては、

その想いは打ち砕かれた。どんなに願っても望んでも手に入らない視線や身体。

この先自分はどれほどの間この人に恋をするのだろうか・・・?

もはや憎しみにも近いこの想いに、一体どうやってケリをつければいいのか・・・。

「蓉子?お〜い、よ〜うこ〜〜!!」

「えっ!?あ、ああ・・・な、何?」

「何?じゃないよ。ほら、もう皆行ったんでしょ?私たちも急ごう?」

「え、ええ・・・そうね」

セイはそう言ってヨウコの手から真っ白なTシャツを取りロッカーにそれを仕舞い込むと、

一瞬ヨウコに手を差し出した・・・が、すぐにそれを引っ込める。

「な、何?」

ヨウコはセイと手を繋いだ事など無い。というよりも、手を差し出された事すら・・・無い。

・・・どうして引っ込めるの?そう聞きたい。でもプライドがジャマをしてそれは聞けない。

精一杯言えた言葉が、何?だなんて、自分でも全く呆れる。

「いや、ごめんごめん。ついクセでさ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ツイクセデサ・・・一体誰と間違えたのだろう・・・ヨウコの頭の中にそんな疑問符が浮かんでは消える。

そして、ある少女の顔が脳裏を横切る・・・そう、ユミだ。

セイはあの少女をえらく気に入っている。何故かはわからないけれど、おそらく初めて薔薇の館に現れた時から。

でも、それがセイの恋心を動かしたとは思えない。

何故なら、シオリとは全くタイプが違うしあの時ほどの必死さや激情は感じられなかったから・・・だからユミでは無い。

そう思っていたけれど・・・。

「・・・蓉子?どうしたの、さっきから。気分でも悪い?」

「い、いいえ。ちょっと考え事よ、大学の事で」

こんな風に言ってもセイはきっと聞いてなどこない。

そんな事解っているのに、どうしてこんな試すような事ばかりしてしまうのか。

こんな事聞いて、傷つくのは自分なのにどうして・・・。

「・・・ふ〜ん。蓉子も大変だね」

セイは苦しそうなヨウコの横顔を見ながらそう呟いた。もしかするとヨウコは聞いてほしいのかもしれない。

でも、それはセイの役割ではない。何故かそんな風に思う。昔からそう。ヨウコはセイには何も言わない。

それは、セイの事をきっと良く知っているから。本質的な所は何も変わってなどいないから。

きっとヨウコは今もそう思っているに違いない。でも、本当の所はそうでもなかった。

ユミに会って、セイは変わった。どう変わったのか?と聞かれると返答に困るけれど、少し自分にも他人にも余裕が出来た。

もう人の居ない楽園に住みたいとは思わないし、そんな所が楽園だとは思わなくなった・・・。

「まあ、あんまり落ち込まないでよ。何があったのかは知らないけどさ。久しぶりに皆集まったんだから、さ」

セイはそう言ってヨウコの頭を軽く撫でる。これもさっきと同じ、ユミにするみたいにすごく自然に出てしまった。

セイはそれに気づいて慌てて手を引っ込めると、まだ固まっているヨウコに恐る恐る視線を移した。

子供扱いするな、と怒られやしないか不安だったのだ。しかし、ヨウコはただ笑うだけで何も怒りなどしなかった・・・。

「そう・・・ね」

ヨウコはただそれだけ呟き今しがたセイに撫でられた頭に手をやると、にっこりと微笑んだ。

・・・少しは可愛く振舞えただろうか?いつもよりもほんの少しだけ・・・勇気が出せただろうか・・・?

セイはほんの少し目を大きく見開いて、その後小さく笑った。とても・・・そう、とても穏やかに。

「さて、じゃあいきますか」

「ええ。そうしましょう・・・皆待ってるわ」





「あっ、お姉さまに聖さま。今呼びに行こうと思っていたんですよ」

そう言ってこちらにゆっくりとやってくるのはサチコ。サチコの隣にはレイが立っている。

どうやらユミとヨシノとシマコは買出し係に回っているらしく、エリコが場所取りをしてくれているらしい。

そんな話を聞くと、本当に久しぶりに皆集まったんだな、と思う。

懐かしい山百合メンバー。あの頃と何も変わっていないようで、確実に皆変わってしまった。

それが寂しくもあるし、嬉しくもある。

四人はパラソルの下までやってくると、そこで可愛い三人組みが帰ってくるのを待った。

「それにしても遅いですわね」

「そうかな?さっき行ったところじゃない。本当に祥子は心配性なんだから」

「あら、じゃあ令は心配じゃないの?あの子達・・・誰かに声とか掛けられたりとか・・・」

「祥子が心配なのは祐巳ちゃんでしょ?大丈夫だってば、志摩子もついてるし・・・なんたって由乃もいるんだから」

「そうよ、祥子。由乃ちゃんが居るんですもの、大丈夫よ」

エリコがレイとサチコの会話に割って入ると、面白そうに微笑んだ。

「そうそう。なんたって志摩子もいるんだし。そんなに心配しなくても大丈夫だって。あの子ああ見えてもしっかり者だから」

それに乗るようにセイも会話にチャチャを入れる。

「なっ!?そ、それなら由乃だって乱暴者だけどしっかりしてますよ!?」

「お、言うじゃない、令。悪いけどしっかり者という点では志摩子が一番だね」

「あら、聖。由乃ちゃんはある意味では志摩子よりもしっかりしていてよ?」

「・・・祐巳・・・大丈夫かしら・・・やっぱりついて行った方が良かったんじゃ・・・ねえお姉さま、どう思います?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

もう何が何だか判らない・・・ヨウコはただ純粋にそう思った。

なんだろう、これは。妹自慢に孫自慢・・・サチコに至っては心配のしすぎ・・・。

ヨウコはそれまでずっと黙ってただその光景を見ていたけれど、最後にポツリと呟いた。

「皆・・・それじゃあ、あまりにも祐巳ちゃんが可哀想よ・・・」

「私の何が可哀想なんです?」

突然の声に、パラソルの下でくつろいでいた全員が一斉に斜め後ろを見上げた。

そこには三人の少女が顔に疑問符を掲げながら立っている。手にジュースやらお菓子やらを大量に持って。

「ああ祐巳!遅いから心配したじゃないの!!」

サチコはそう言って自分の隣にユミを座らせユミの水着のリボンをそっと直した。

「す、すみませんお姉さま・・・ただちょっと混んでまして」

ユミは慌てたようにそう言って荷物を皆の前に置いた。

ヨシノとシマコもそれに習って荷物を置くと、それぞれの姉の隣に腰を下ろす。

「なんだかとても楽しそうでしたね?お姉さま」

「うん。ちょっと妹自慢をね。志摩子は楽しい?」

シマコの楽しそうな顔に、思わずセイの頬も緩む。この笑顔を見れただけでもシマコをここに誘った甲斐がある。

「ええ、とても」

妹自慢と聞いて、自分の顔が赤くなってゆくのがわかる。こんな風にセイととりとめも無い話をするのがこんなにも嬉しい。

それに、セイもとても満足そうな顔をしている・・・それが何よりも嬉しかった。

「妹自慢!?令ちゃん、ちゃんと私の事褒めてくれた?」

「も、もちろんだよ由乃。ね?お姉さま?」

ズイっと近寄ってくるヨシノにレイはタジタジだ。

エリコに助けを求めるように涙目でエリコを見つめるが、エリコはただ楽しそうに笑って、さあ?と答えただけだった。

「そ、そんな!お姉さまヒドイですよ!!」

黄薔薇一家は相変わらず賑やかで楽しい。傍から見ている分には。

「あのぅ・・・お姉さま・・・私の事も何か自慢してくれたり・・・?」

白薔薇と黄薔薇の話に羨ましくなったのか、ユミはオズオズとサチコにそう尋ねた。

「あら、祐巳。当たり前じゃない、ばかね」

「そうですか!・・・お姉さま・・・私幸せです!!」

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

多分、皆同じ事を思ったに違いない。サチコがいつどこでユミを自慢したのか?と。

苦い笑いをこぼす四人に、幸せそうな二人・・・そして何のことだか分からない二人・・・。

この状況をどうにかしなければ!そう思ったのはきっとセイだけではなかった筈。

「さて!じゃあ私は泳いでこようかな!」

セイはそう言って立ち上がると、後ろを振りかえることもなく海へ走って行った。

これ以上は見たくない・・・これ以上は聞きたくない・・・。サチコと幸せそうなユミを、もう見たくはなかった。

海の水は思ったよりも冷たい・・・今まで暖かかったものが、急に冷やされたみたいに冷たくなってゆく。

セイは大きくため息をつくと足元を撫でる波をそっとすくう・・・サラサラと流れる水が・・・光に反射してキラキラと光っていた。



寄せては返す波みたいに、心は落ち着かない・・・。

一瞬でも同じ所には居ない・・・。私の心は、いつもキミの傍にいるのに・・・。






冷たい水が心を冷やす。


どれほど太陽は暖かくても、


体ごと奥深くに沈んでしまえば、


太陽の光さえ届かない所まで沈んでしまえば・・・、


きっと、もう元には戻らないのかもしれない。


そう・・・流れがあるその間は・・・。

























想いの所在   第六話