厳しい冬の中の、暖かい日差し。


本当の春が来る前には、まだ寒い日があるだろう。


それでもこんな日は、キミを連れ出してまだ来ない春に想いを馳せる。


心の中の雪解けを、ただずっと待つみたいに・・・。








「祐巳ちゃん、見えてきたよ!」

「えっ?」

セイはスピードを少しづつ緩め、ユミに前が見えるように体を少しズラした。

「わぁ・・・きれい・・・」

後ろから小さく聞こえてきたユミの声に、セイは目を細めそのまま土手へと自転車をすべらせてゆく。

やがて自転車が止まり、ユミはスカートの裾を押さえながらピョンと自転車から飛び降りた。

ユミが降りた事を確認したセイもまた自転車から降りると、ゆっくり自転車を押し出す。

「あったかくなって良かったね?」

「はい、本当ですね。お日様がきもちいいです」

ユミはそう言って手のひらで日光を遮りながら空を見上げると、満面の笑みをセイに向けた。

セイにとってはその笑顔だけで十分だった。自分にしか向けられない笑顔・・・。

「うん、気持ちいい・・・ここまで来て良かった・・・」

セイはうっすらと笑顔を浮かべると、外に居ることをまるで忘れているみたいにユミの唇にそっと自分の唇を重ねた。

驚いて目を見開くユミの表情を見て、セイはまた嬉しそうに笑顔をこぼす。

「なっ、なん?!」

「ふふ、たまには外でするのもいいじゃない?」

「う?そ、そう・・・ですけど・・・見られちゃいましたよ?」

ユミはそう言って恥ずかしそうに両手で顔を隠しながら、指の隙間からそっと周りを見渡した。

今日は暖かいからか、犬の散歩やマラソンしている人たちが結構いる。

皆が見てた訳ではないだろうけど、何故か皆に見られていたような気がしてユミの恥ずかしさも倍増してゆく。

「そう?別にいいじゃない。見られても。そんな悪い事してる訳じゃなし」

セイはニヤリと不敵に笑ってケロリとそんな事を言う。

「うー・・・」

セイにそんな風に自信満々に言われると大抵の事は、まぁいいか、などと思ってしまうから不思議なものだ。

そして今もすでに、まぁいいか、と思っている自分がいる。

「でも・・・外でするのはやっぱり恥ずかしいですよ・・・」

「うん、そうだね。・・・ごめんね?でも・・・どうしても今したかったから・・・怒った?」

ションボリとユミの顔を覗き込むセイの顔は、本当に不安そうでなんだか可愛らしい。

こんな事ぐらいでユミが怒るはずもないのに、セイにとってはどうやらいつも不安なようだ。

「やだ、聖さまってば!怒ってませんよ、そんな事ぐらいで私怒りません。・・・でも次はせめて隠れてしましょうね?」

「うん」

ユミの笑顔がセイの大事な栄養素なのだと言ったら大袈裟かもしれないけれど、それでもユミにはいつも笑っていてほしい。

ユミが自分の名前を呼ぶ度にドキドキする。ユミの名前を呼ぶ度に実感する。

ここに居る。自分達は確かに繋がっているのだ、と。

セイは自転車を土手の脇の方に止めてしっかりと鍵をかけ、ユミに向かって手を伸ばした。

「祐巳ちゃん、手、つなごう?」

「・・・いや・・・です・・・」

ユミははっきりそう言ってセイの後ろに視線を移した。

「・・・・・・・・・・どうして?」

セイの顔から一瞬で表情が消える。拒まれるのは嫌い・・・怖いから・・・。

それはユミもよく知っている・・・それなのにどうして・・・?

セイが嫌がる事など、ユミはしない。それとも本当に手を繋ぐのが嫌なのだろうか・・・。

「・・・っそれは・・・」

セイがそれを確かめようと口を開きかけたその時、それにかぶせるようにユミが言った。

「・・・でがいい・・・」

「は?」

「腕がいい・・・です・・・」

そう言ってユミはセイの袖口を人差し指と親指でキュっとつまんだ。

「腕?組みたいの?」

セイはそんなユミの仕種にドキドキしながら目を見張った。

「・・・・はい・・・・」

「・・・・・・っ!」

コクンと頷くユミ・・・そんなユミがもう可愛いやら照れるやらで、何がなんだかわからなくなってくる。

もしかしてこれはさっきの復讐なんじゃ?とさえ思ってしまう。

自分からすりよるのは好きなくせに寄ってこられるとどうしていいか解らなくなる。

これはセイの悪い癖なのだろう。大手振ってチャラチャラしてるクセに、実際は全く逆。

口では愛してる、とか平気で言えるのに、本当に愛してしまったら途端に言えなくなってしまう・・・。

触れる事は出来るのに、触れられると・・・動けなくなってしまう。

セイがその場に固まったまま俯いてしまったのを見て、ユミは小さく鼻をすすった。

「・・・ダメ・・・なんですか?」

「・・・うっ・・・」

ダメだ!!その瞳には弱いんだ!!

心の中で、セイは声にならない声を上げる。

泣き出す一歩手前のユミの表情・・・切なくて苦しそうな顔。こんな顔をされると、セイはもう慌てるしかなかった。

「ち、ちがっ!嫌じゃないよ?むしろ嬉しいし!!ただほら!!

祐巳ちゃんからそんなに積極的な事ってあんまり無いじゃない?

だからちょっと戸惑っただけっていうか、焦ったっていうか・・・あー!!何言ってるんだ、私は!!!」

セイはユミの肩をさすりながら身振り手振りで説明しようとするが、どうにも上手くいかない。

「・・・聖さま・・・キスはしてくれるのに、腕は組んでくれないんだ・・・」

ふぅ、と物憂げなため息をつくユミ・・・マズイ・・・。

「やっ!だからそうじゃなくて!!あー、もう!!はい、どうぞ!!」

セイはそう言って自分の腕をユミの方に突き出した。勢いさえつけば後はどうにでもなる。

「・・・・・・いいんですか?」

「だから!ただびっくりしただけなんだって!」

「やった!!えへへ〜、私の勝ちですね!」

ユミは差し出された腕に自分の腕を絡めると、嬉しそうにセイを見上げるとニッコリと笑った。

・・・やっぱり・・・今の演技だ・・・

セイは可愛さあまって憎さ100倍の笑顔に、引きつった笑顔を返す。

一体どこでこんな戦法を覚えてしまったのか・・・そしてどうして自分はいつもまんまと引っかかるのか・・・。

「・・・ソウデスネ・・・」

「何です?随分棒読みですよ?」

「いやいや、そんな事ないよ。嬉しいよ?祐巳ちゃんが積極的なのは」

「ふふ、たまには・・・いいですよね?」

いつもリードされてばかりじゃ面白くない。それじゃあ成り立たない。

だからたまにはセイのペースを崩してしまうような事をしてみる。

それに案外簡単に引っかかってくれるものだから、今となってはユミの娯楽の一つとも言えるかもしれない。

相変わらず雲ひとつない空を見上げ、大切な人と腕を組んで歩く。

普段と何も変わらない一日。でも、毎日同じな訳じゃない。

「もう、祐巳ちゃん重いよ、ちゃんと歩いてる?私に体重かけてない?それとも太った?」

「失礼なっ!!この間から変わってませんよ!」

「あはは、冗談冗談。さて、散歩再開しよう」

「はい!」

ほら、もうセイのペースに戻ってる・・・。

ユミは隣を歩くセイを見上げると、その横顔にドキドキした。

毎日ドキドキする。毎日モヤモヤする。同じ事で何度も何度も。

それでも一緒に居たい。この横顔をずっとここで見つめていたい・・・。

ユミはセイの腕を両腕でしっかり掴むと、愛しい人がそこに居る事を改めて確かめた。



二人の影が、ピッタリとよりそって前に向かって伸びる。

それが二人の間の距離だとすれば・・・もう何も怖くない・・・。







簡単に崩れるポーカーフェイス。


簡単に見破られるウソ。


毎日はとても簡単で、物事はいつもあっけなく解決する。


それが、たとえどんなに悩んだ事だとしても。


そんな日常の中でも変わらない事、変わらないモノがきっとある。


私は、そう、信じたい・・・。














まるで理想の恋みたいに・・・   第二話