鬼は外。福は内。
閉め出されてしまった鬼はどこにも行けず、ただ彷徨う。
鬼と福は二つで一つだと、本当は解っていたのに・・・。
「お待たせしました。少し用意にとまどってしまいまして・・・」
そう言って制服の上から赤い布をすっぽりと被ったレイが薔薇の館に姿を現した。
一枚の布に、頭の分だけの穴を開けて被っただけのシンプルだけれど強烈ないでたちに、
山百合メンバーたちの反応も様々なようで。
サチコとユミは唖然としていたし、セイとヨウコとエリコは確実に笑いを堪えている。
シマコは一見平静を装ってはいるけれど、口の端あたりがヒクヒクと震えているし、ヨシノに至っては完全に怒っていた。
どうやらレイの格好悪いところは出来るだけ見たくなかったようなのだが・・・。
『あの時はね、令ちゃんの格好悪い姿は出来るだけ見たくなかったの。
いつまでも格好いい令ちゃんで居て欲しかったし。
私の前でだけ格好悪くなってほしかったんだよね。
でもさ、最近はそれが令ちゃんなんだって思えるようになったから・・・。
ねぇ祐巳さん、これって変かなぁ?』
こんな風に聞かれたのはつい最近大学の屋上でお弁当を食べてる時。
突然のヨシノのカミングアウトに、ユミは答えに詰まってしまった。
正直に言えば、何が正解なのかはわからないから…というのもあったけれど、自分も全く同じだったから。
セイと付き合い始めた頃は、出来ればセイの格好悪い所なんて見たくなかったし、弱い部分もあまり見たくなかった。
でも、それはヨシノの言うように、自分にだけそういう部分を見せてほしいというのではなくて、
自分にはセイのそういう部分を受け止める器が無かったからだ。
だから怖かったというのもあるし、何よりも自信がなかった。
相手を受け入れるだけの覚悟が、あの頃のユミにはまだ、無かった。
でも今ならどうだろう…少しはあの時のヨシノの質問に、上手く答えられる事が出来るだろうか・・・。
・・・それは解らない・・・でも、少なくとも自分の意見なら言えそうな、そんな気がした。
今ではヨシノは高校時代よりも、もっと大切な親友になったし、
レイは相変わらずヨシノの相手をしながら忙しく毎日を送っている。
近いうち、お隣同士という枠を超えて一つ屋根の下で暮らそう、なんて話も出ているらしい。
たまには喧嘩をしてレイから、どうにかなだめてやってくれ、
などととんでもない依頼がくるけれど、それが二人の形なのかな?
なんてあの頃と変わらない二人を思ってセイと笑っている。
「じゃあそろそろ始めましょうか、今年の主役も来たことだし」
ヨウコが立ち上がってパンパンと手を叩くと、皆自分の前に置いてあった豆の入った袋を手に取り立ち上がった。
「それじゃあ、これを被って表で待機してますんで」
レイはそう言って鬼のお面を片手に、薔薇の館を後にする。
その間に、他のメンバーたちはそれぞれ二階と一階に分かれて所定の位置へとついた。
いつものように家で豆まきをする時よりも、なんだかワクワクする。
「祐巳さん、申し訳ないのだけれど場所を変わってくれないかしら?」
二階の階段付近でうろうろしていたユミに、一階に居たシマコが突然そう言ってきた。
「うん、いいけど・・・どうして?」
ユミは首を傾げながらシマコに尋ねると、シマコは困ったような笑いを浮かべながら下の階を指差した。
シマコの指差す方に目をやったユミは、ああ、と頷くとシマコの代わりに階下に下りてゆく。
一階の階段下にはセイとヨシノがそれぞれニヤニヤした笑みを浮かべながらドアの外を見つめている。
その笑みを見て、二人してレイに思い切り豆をぶつけようとしているのが、手にとるようにわかった。
「ダメですよ?白薔薇様、由乃さん!あんまり思い切りぶつけちゃ」
ユミが二人にそう声をかけると、ギラギラした目でドアに目をやっていた二人がこちらを振り返った。
「あれ?志摩子は?」
「お二人があまりにも怖いんで、逃げていっちゃいましたよ」
まぁこれは言いすぎだけれど、でも自分ではどうにもならないから、とユミに助けを求めてきたのは確かだ。
「えぇ〜?そんなに怖かった?」
プ〜っと頬を膨らませるヨシノの横で、セイは腕組などして頷いている。まるで人事のように。
「怖かったですよ。だって、すんごい目でドアを睨んでるんだもん」
あの目を見れば、そりゃシマコだって逃げたくなるだろう。…いや、シマコだから、と言った方がいいだろうか。
今でこそシマコは心の内をユミやヨシノに話してくれたりするけれど、
この頃はシマコはいつも周りの人たちに遠慮していた。
それがシマコなのだ、とセイはよく言っていたけれど、本当はそうじゃなかったんじゃないかな?なんて今は思う。
セイもきっと本当はそれが解っていたに違いない。でも、あえてそれは教えてはくれなかった。
ノリコという妹が出来たシマコは、セイとは違う安らぎを感じる事が出切るのだと言っていた事がある。
それは、ユミにも言えた。サチコとは違う安心感をずっとセイに感じていたのだから。
シマコは帰る場所があるのを、こんなにも素敵な事だとは思わなかった、という。
いつも一人で、セイと居ても一人で…あの頃はそれが白薔薇姉妹の絆だと思っていた、と。
でも、それは違っていた。少なくともシマコはいつだって一人ではなかった。
ヨシノやユミ、他のメンバーだって、皆シマコを仲間だと思っていた。
それを気づかせてくれたのが、ノリコだったのだと言う。確かに、妹が出来てからシマコは変わった。
セイとシマコはまるで鏡のように背中合わせで、いつも孤独と隣り合わせでいた。
手をいくらつないでも、縮まらない距離。いや、近すぎたのかもしれない。
相手の事が分かりすぎたからこそ、深くは踏み入れる事が出来なかったのだろう。
セイに言わせると、シマコだけが先に進んでしまったようで、嬉しい反面辛かったらしいのだが・・・。
『あの時はまだ、素直にそれを喜べなかったんだ。だから乃梨子ちゃんには会わないようにしてたしね』
そう言ってセイは泣いた。寂しかったのだと。自分には誰も居ないと思っていたから、と。
そんなセイの弱さは、あの頃は微塵も感じなかったし、受け入れようとも思わなかった。
ユミとは全く違った次元で話すセイの事など、何一つ理解出来なかっただろうから…。
「それじゃあ、そろそろ入りますよ?」
ドアの外からレイの声が聞こえてきた。
「はい!それじゃあお願いします」
既に豆を両手に握り締めて待機しているヨシノとセイを尻目に、ユミが返事をすると、
ドアが勢いよく開き外から鬼の面をつけた真っ赤な衣装のレイが姿を現した。
「「「鬼は〜そと〜〜!!」」」
一階に居た三人は一斉にレイに豆を投げつけると、レイはヒラヒラと赤い衣装を翻しながら階段をガシガシと上ってゆく。
その後姿を目で追いながら、今度は部屋の中に向かって豆を撒く。
「「「福は〜内〜〜!!!」」」
すると勢いよく投げたヨシノの豆が、キレイな弧を描いてスポっとユミの制服の中へと入ってしまった。
「「あ・・・」」
ユミが思わず声を上げると、それを見ていたセイも同じく声を上げる。
ヨシノだけが上機嫌で未だに豆を投げていた…。
出来るだけ長生きしよう。
キミよりも先には逝かないように。
綺麗な花を咲かせて、キミを見送って、
それからほんの少しだけ、キミを懐かしんで、
思い出の整理がキチンと出来たなら、
私も幸せな眠りにつくよ。
また、キミと出逢えるよう、祈りながら。