ユミが蕎麦を茹でている間、延々とケイのお説教が聞こえてくる。

しかし、セイの声は全く聞こえてはこず、相当落ち込んでいるのかと思いきや・・・。

突然セイがキッチンへとやってきて、ユミの腕にすがりつくように助けを求めてきたのだ。

「祐巳ちゃ〜ん、お願い!!そろそろ代わって!!こっちは私がやるから」

「へ?」

代われ・・・という事は、ケイに怒られてこい、という事だろうか・・・。

ユミがあれこれ考えるよりも先に、セイはさっさとユミの手から麺を取り上げるとそっとその背中をキッチンから押し出す。

「ちょ、せ、聖さま!?」

「後は任せた!!健闘を祈る!」

セイはそう言って鼻歌を歌いながら麺をボトボトとお鍋に落としてゆく・・・。

「ず、ずるい・・・」

ユミはそんなセイの後姿をじっと睨みながら、涙目になってソロソロとケイの元へと向かった。

「・・・祐巳ちゃん・・・」

「は、はいっ」

ケイの向かいに腰を下ろしたユミはケイの声にピシっと背筋を伸ばす。

反射的に怒られる、と感じたユミは、ギュっと目を瞑って何故か歯を食いしばった。

「佐藤さんって・・・いつもああなの?」

「・・・へ?」

予想外のケイの言葉にユミは恐る恐る頭を上げ、ケイの顔を見つめる。

「ねぇ、いつもああ?」

「え、ええ・・・まぁ大体は・・・そうですね」

何をバカ正直に話しているのだろうか・・・そんな事を考えながらもユミの口は勝手に喋ってしまう。

「へぇぇ・・・面白いわね」

ケイはそう言って目を細めると、チラリとセイの背中に視線を投げた。

「面白い・・・ですか・・・?」

ユミの質問に、ケイはまた目を細めてコクリと頷きユミの頭を撫でると言った。

「ええ、大学では絶対に見せない顔よね。やっぱり好きな人の前では人は変わるものなのかしらね」

「はあ・・・」

ケイが何を言いたいのかはよく分からない…けれど、セイの事を大切な友人として見ている事は確かなようだった。

「大学ではね、いつもつまらなさそうなのよ、彼女。いっつも窓の外眺めてね…何見てるの?

って聞いても、別に、とだけだし…でも…今分かったわ…ずっと貴方を捜してたのね、彼女は」

「わ、私を?」

「ええ、多分。たまにすんごい笑顔になったりしてたから…当たってると思うけど…」

「で、でも…大学の窓から見えるのは…高校の敷地…」

「ええ、そうね」

ケイはそこまで言ってすっかり冷めたコーヒーに口をつけた。

「祐巳ちゃんは大事にされてる?」

「は、はい!!とても…大事にされてると…思います…」

ユミはもう一度背筋を伸ばすと、ハッキリと答える。

すると、ケイは今まで見た事もないぐらいの笑顔で、そう、と言ってまたコーヒーを一口すする。

「じゃあ・・・大事にしてあげてね、祐巳ちゃん…まぁ、私の方が付き合いは浅いんだけど…」

「いえ、付き合いは長さでは無いと・・・思いますから・・・」

ユミはそう言ってケイの顔を見てニッコリと笑うと、ケイもまたユミの顔を見て微笑んだ。

ケイは、きっと本当にセイの事を大切に思っている…それはセイも同じなのだろう…。

今は離れてしまったヨウコや、エリコだってそう。

セイの周りにも、とても素敵な親友達が沢山居るのだ。もちろん、ユミの周りにも・・・。

セイを守っているのは、ユミだけではない…親友や、仲間達…皆が助けてくれているのだ。

そして・・・今のセイがあり…今のユミがあるのだ。きっと。


「お待たせ〜お2人さん。私的特製年越しソバの出来上がり〜」

そう言って意気揚々で入ってきたセイを向かえたのは、コタツに入っている2人の冷ややかな視線だった。

「な、何?その顔・・・」

「いえ、別に・・・ただ・・・ねぇ?」

「ええ、そのネーミングが・・・少し怖いんですけど・・・」

私的…とは一体どういう事なのか…セイの私的は非常に怖い。

何せ、本当に味覚が変わっているのだから…。

ユミとケイが顔を見合わせ溜息をつくのを見て、セイは頬を膨らませるとドンと少し乱暴に蕎麦をコタツの上に置いた。

「そんな事言うんなら二人とも食べなくていい!!」

プイとそっぽを向くセイが、何だかとても愛らしい。

「冗談ですよ、聖さま、ただ・・・ほんの少し不安になっただけですよ、私も加東さんも」

「そうよ、佐藤さん。人の味覚はそれぞれだもの、そんなに落ち込む事はないわ」

「・・・2人とも・・・フォローになってない・・・」

時計を見ると11時30分・・・そろそろ今年が、終わりを告げようとしていた・・・。




「お、始まったね」

ゴーン  ゴーン 

その音に真っ先に反応したのは、他の誰でもないセイだった。

「あ、本当ね。佐藤さん、あなたちゃんと数えてなさいよ」

ケイは蕎麦を食べる手を止め、真顔でそんな事を言う。

「・・・どうして私だけ数えなきゃならないの?」

セイは不満げにナルトを箸で突付きながらケイを軽く睨んだ。

「・・・・・・・・・・」

何故蕎麦にナルトが入っているのか…セイが一体これをどこから入手してきたのか…。

ユミはそんな事を考えながら、2人のやりとりに耳を傾けていた。

「だって、あなた煩悩の塊じゃない」

ケイのこの言葉に、セイはカチンときたのか乱暴に箸を置くとその場にドンと手をつくと言った。

「し、失礼な!!私の煩悩は108つなんかではおさまらないわよ!!」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

はっきりと、強い口調で・・・セイは言った。

確かにそう言った。

ユミは思わずずっこけそうになるのを必死で堪えたが、ケイは・・・。

チラリと向かいを見ると、まるで聞こえていなかったかのようにズルズルと蕎麦をすすっている。

そして・・・一言・・・。

「なら、一生鐘ついてなさい」

「うっ・・・」

流石のセイにも堪えたのか、また箸を手にとり何事も無かったかのように蕎麦を食べ出した。

「いい・・・コンビですね・・・お二人とも・・・」

ゴーン   ゴーン

そして、12時が回る・・・また、新しい一年の始まりを、時計が告げてくれた。

去年最後の言葉が…三人とも…変だ。

ユミは頭の端でそんな事を考えながら、セイの作った私的特製年越しソバを口に運んでいた・・・。




不思議な味の蕎麦は、セイの味がした。

ユミが必死になって去年料理を覚えたのはこれが理由だった。

それも、もう去年の事…付き合い始めたのも、一世一代の告白をしたのも…。

沢山あった…辛い事も嬉しいことも…同じぐらいあった。

セイは、高校時代に、言った。

『この3年が一番濃厚だったよ』と。

でも、ユミは思う。この先、ずっと濃厚であればいい、と。

どの時期をとっても、どの年をとっても、そう言えるような…そんな風になりたい、と。

「祐巳ちゃん・・・」

「へ?」

ケイがキッチンへと離れた一瞬・・・。

セイの唇が、ユミの唇に重なった。

「な、なん?」

ユミが慌ててセイから身体を離すと、セイはニヤリと笑った。

「何って…初ちゅー?」

「は、初・・・ちゅ?」

「ふふ、今年もよろしくね、祐巳ちゃん」

「あっ、はいっ、こちらこそっ!!」

セイはそう言ってユミの肩をそっと抱き寄せると、もう一度頬に軽いキスを落とした。



「あ、カトーさんもおめでと」

「・・・私はついでなの?ほんっとうにあなたって人は・・・」

セイの目の前にケイは腰を下ろすと、腕組をしてセイを見つめる。

セイもヤバイと思ったのだろう、慌ててユミの腕を掴もうとしたが・・・。

その腕をユミはスルリと逃れた。

「ゆ、祐巳ちゃん?」

「私、洗い物してきますね」

そう言ってうるうるした瞳のセイを残してその場を後にする。

「待ってよ、祐巳ちゃ〜ん!!」

「しりませ〜ん」

ユミはそう言ってセイの方を振り返ると、小さく舌を出して見せた・・・。




除夜の鐘は108つの煩悩を払うという。

でも…決してなくならない…なくさない煩悩もある。

キミを好きだという気持ちだけは、誰にだって、奪えやしないのだから…。







あけまして、おめでとうございます。

去年は本当にお世話になりましたが、今年もよろしくお願いいたします。

そして、どうか今年も一年、私たちにとって素晴らしい年でありますように・・・。






108つの煩悩と・・・   第三話