「それじゃあ、祐巳ちゃんお借りします、小母様」
セイはそう言って事態の急展開についていけていないユミを抱きかかえるようにリビングを後にした。
「ええ、騒がしい娘ですが・・・よろしくお願いします」
母はそう言ってユミに小さく手を振ると、また視線をセイに戻す。
「いえいえ、慣れてますから」
セイは母に笑顔でそう言い返すと、そのまま玄関へと向かう。
「あの…本当にすみませんでした…お忙しいのに…」
始終バツが悪そうだったケイも、ようやく家に戻れるとあって少しだけ元気が出てきたようだった。
「いいのよ!気にしないで。またいつでも遊びに来て下さいな」
母は、申し訳無さそうなケイに笑顔でそう言って三人を送り出した・・・。
「さて、それじゃあ加東さんちに出発しんこ〜う!」
セイは嬉しそうに車のエンジンをかけると、勢いよくアクセルを踏んだ。
ガックンと大きな振動とともに、エンジンの凄まじい音がする。
「ちょ、ちょっと!!佐藤さんっ!!何度も言うけど、事故を起こす前にその運転止めなさいよっ!!」
ケイは後ろの席から身を乗り出すとセイの耳元で怒鳴った。
それに乗じてユミもまた隣の席から注意しようと口を開いたのだが・・・。
「そうですよ!!なんなら私が運転代わり・・・」
「「ううん。それはいい・・・」」
二人はユミが最後まで言い終わらないうちに大きく頭を振ってハッキリとその申し出を断ってしまった。
まるで双子のように息がピッタリだったセイとケイ・・・。
その様子がユミには少しだけ憎らしかったが、それから先ケイの家につくまではセイがこれでもか!
というぐらい安全運転をしてくれたので、その事は黙っている事にした。
「はぁ・・・長かったわ・・・家に帰るだけなのに・・・」
ケイはポツリとそう言うと、ユミに小さな笑顔を向けた。
「本当ですね・・・お疲れ様でした」
ユミもケイに苦い笑顔を返すと、まるで自分の家のようにくつろいでいるセイに視線を向けた。
セイは何も気にせずケイが入れてくれたコーヒーを優雅にすすっている。
こんな時、ユミはいつもこの人の神経は一体どうなっているんだろう、と不思議に思うのだった・・・。
「ところで。どうして加東さんのお宅なんです?」
「ああ、それはね、加東さんちの裏にお寺があって、ここから除夜の鐘が聞けるんだってさ」
セイはユミをよいしょ、と引きずり自分の膝の上に載せながら満足そうに微笑みながらそう言った。
「あ、あの・・・聖さま?ちょ、ちょっと恥ずかしいんですけど・・・」
ユミがそう言ってセイの膝から降りようとすると、セイはユミのお腹に手を回し、
ガッシリと固定しながら笑顔でそれを否定する。
「そんな今さら恥ずかしがる事なんてないって、ね?加東さん」
「・・・あなたって本当・・・」
ケイはあきれたような視線をセイに向けると、ユミには同情的な視線をなげかけ、
その先の言葉を飲み込んだ。
ケイが言おうとした台詞がなんとなく予想がつくだけに、ユミの顔は既に耳まで真っ赤だ。
「うぅ・・・」
「あはは!祐巳ちゃんは可愛いなぁ・・・」
そんな2人のやりとりを、セイは幸せそうに見つめながら、そう言ってユミを膝の上でギュウっと抱きしめる。
「・・・」
いつもと変わらないスキンシップ・・・それなのに、どうしてかユミには小さな違和感を感じた。
セイは笑っている・・・笑っているのだけど・・・。
しばらくして、ユミはセイの方に振り向くと静かに呟いた。
「・・・お家で何かあったんですか・・・?」
ユミの問いに、ケイは気を使ったのだろう。弓子さんの所に行ってくるわ、と言い残して部屋を後にした。
ユミは内心申し訳なく思いながらも、今はケイの気遣いに感謝しながらセイの膝からゆっくり降りると、
セイの手に自分の手を重ねた。
すると、セイはほんの少しだけ目を見開いたが、すぐに笑顔に戻すとユミの手をギュっと握り返す。
「・・・どうしてそう思うの?」
「いえ・・・なんとなく・・・ですが」
ユミの真剣な顔に、セイは笑うのを止めた。
そして、小さく乾いた笑いを漏らすとポツリと、参ったな、と呟く。
「祐巳ちゃんには何でもお見通しなんだね・・・」
「いえ・・・何でもって事は無いですけど・・・」
ユミがそう言って微かに笑うのを見て、セイは断念したように首を振った。
「・・・家にね・・・帰ったら、皆集まっててさ・・・最初は良かったんだけど・・・」
セイはそこまで言って言葉を切ると、ユミの肩を抱いて力一杯抱きしめる・・・。
それきりセイはユミに何も言わなかったけれど、ユミには何故か、それ以上聞こうとは思わなかった。
きっと、セイにとってとても嫌な事があったに違いない・・・そう、ユミの事とか・・・シオリの事とか・・・。
…きっと…そうなのだろう…。
セイの傷はまだ癒えてなどいない…ユミと付き合う事で、いくらか軽減されているのかもしれないけれど、
逆に言えば、ユミと付き合う事で生じる問題だってあるわけだ。
「聖さま?何がそんなに不安なんです?」
そう、セイがこうやってユミを抱く時はいつも、何かに怯えている時だった。
何かが不安で不安でしょうがないとき・・・。
「不安?不安はないよ・・・ただ・・・私はいつも祐巳ちゃんに守ってもらってるんだなぁって・・・思って」
セイはそう言うとユミの顔を両手で包む。
セイはこんな時いつもユミに救われる…いや、一時的にではあるのかもしれないけれど、
それでも、ユミの傍に居る間だけは、心は軽くもう一度飛んでもいいような気がするのだ。
もう少しだけ甘えてもいいような…ヒーローでいてもいいような…そんな気になるのだ…。
守るべき存在があるという事・・・それがどれほど心の支えになっていたかなんて、
ユミに出逢うまでは知らなかったのだから。
セイの白い指先が触れてるのだと思うだけで、ユミの顔は真っ赤になって、
心臓は早鐘のようになるのだから、本当に不思議だ。
「・・・守られてるのは・・・私も一緒ですよ・・・」
むしろ、自分の方が守られてるように思う。
こんなにも世界が綺麗だと思えるのも、毎日笑って過ごせるのもきっと、
セイがそれとなくユミを守ってくれているからだと、ユミは知っていた・・・。
どれほど足掻いても逃れようとしても答えが見つからないとき…泣き出して全てを棄ててしまいたくなった時…。
そんな時必ず傍に来て頭を撫でてくれる…心の休息をセイはいつもユミに与えてくれていた。
そして…心も身体すら犠牲にしたって、この人だけは失いたくない…守りたい…。
そんな風に思わせてくれたのもまた…セイなのだ。その感情のおかげで、ユミは以前よりもずっと強くなれたし、
世界が大きく広がって見えたのだろう、と今は思う。
そうかな?と微笑むセイに、ユミはそうですよ、と呟きセイの形の良い唇に自分の唇をそっと押し当てる。
一瞬セイの驚いたような顔が視界に入ったけれど、次の瞬間・・・。
ユミは畳の上に仰向けに寝転がっていた。
「ちょ、せ、聖さま?!」
一瞬、何がおきたのかわからなかった。気がつけばセイのサラサラの髪がユミの頬に当たっていたのだから。
「祐巳ちゃん・・・ありがと・・・今年一年は本当に良い年だったよ。来年もよろしくね」
セイはそう言ってシャツの上からユミの少し小さめの、でも形のいい胸にそっと触れた。
セイはもう我慢できなかった…ただ抱きたかったわけではない。
どうしても、今、自分の想いを伝えたかったのだ。
言葉ではたりない…そんな想いを伝えるには、この方法しか術がないように思われた…。
いや、冷静になれば他にも幾らでも方法はあるのだが、この時はもう、頭に完全に血が上っていたのだろう…。
「やん・・・せ・・・さま・・・やだ・・・かと・・・さんが」
「大丈夫・・・まだ帰ってこないって・・・少しだけ・・・」
セイはそう言ってユミの鼓動を確かめるかのように胸に耳を押し当て、ゆっくり目を瞑った。
「だ、ダメですよっ!!せ・・・さまぁ・・・」
ユミは必死になって抵抗するけれど、セイには力では敵わない事などよく解っている。
こうなってしまったら、いくらユミが何を言ってもセイは止まらない・・・。
クリスマス以降、まるで堰をきったかのようにユミを求めるセイは、
今までどれだけそうしたかったのを我慢してきたのかが痛い程伝わった・・・。
こんなにもずっと、求めてくれていたのだ、とユミは嬉しくてしょうがなかったのだが・・・。
流石に今はマズイ・・・ここは自分達の家ではないのだから・・・。
「せ、いさま!!ほんとうに・・・ダメ・・・」
しかし、ユミのシャツのボタンは既に二つ目まで外されていてピンク色の下着がチラリと顔を覗かせている。
セイはそのままブラウスの中に手を入れると、下着のホックをプチンと・・・外した。
そして、セイが次のボタンに手をかけようとしたその時・・・ガチャリ、とドアが開く気配がした・・・。
2人が恐る恐る音がした方を見ると、そこにはケイが両手に何やら抱えてこちらを見下ろしている。
怒っている…というよりは、どちらかと言えば呆れ顔で。
「・・・佐藤さん・・・あなた・・・」
手に持っていたお盆をひっくり返す事もなく、ただじっとセイを見つめるあたり、流石だな、とユミは案外のんびりと思う。
「い、いや・・・これは・・・その・・・ほら!未遂だし!!」
慌てているのはセイの方で、ユミのボタンを忙しなく留めると、ユミを起こして座らせ頭を撫でる。
どんなに慌てていてもビックリしてもユミを無碍に扱わないあたり、セイもまた流石だ。
「祐巳ちゃん、大丈夫?」
ケイの言葉に、ユミはようやく事の重大さを理解する事が出来た。
と、理解した途端、今まで無かった恥ずかしさの波がいっぺんにどっと押し寄せてくる。
「は、はい・・・すみません」
ユミは恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして上着を羽織ると俯くと、それだけ言うのがやっとだった・・・。
「佐藤さん・・・あなたこれから除夜の鐘聞こうって時に、煩悩だらけじゃない」
ケイはセイの前にゆっくり腰を下ろすと、お盆をユミに手渡した。
「今弓子さんからお蕎麦を分けてもらってきたから、そろそろ準備しましょう」
ケイはそう言ってニッコリ笑うとユミにキッチンへ先に向かうよう促した。
「は、はいっ」
ユミはチラリとセイを見たけれど、セイはユミと視線が合うと、パチリとウインクを返す。
どうやらセイは、大して反省などしていないらしい・・・まぁ、セイらしいと言えば、セイらしい。
でも…ケイの顔は…いつもと同じ、無表情のままだった・・・。
どうしてキミでなければならなかったのか。
どうしてキミしか見えないのか。
そんな事は今になってはどうでもいいこと。
ただ、今大切なのは、これからどうやってキミを守るかって事で、
それ以外のモノなんて、私にとっては全てが些細な事なんだ。
その為の犠牲なら・・・私は自分だって、捨ててみせるよ。
もう、自分は守らない。もう、後悔はしないから。
だから、ずっと、傍に居て?