クリスマスが終わってホっと一息。
したいのに…どうしてこんなにも年末は忙しいのか…。
どうしてこんなにも、年末にばかり集中するのか。
せめてもう少し…もう少し余裕があれば、いいのに…。
「それじゃあ聖さま、行ってきますね!」
ユミはカバンを肩から提げなおすと軽く背伸びをして、心配そうな顔をしているセイの頬に口付けた。
セイはそんな事にはまるでお構い無しにまだ心配そうな表情を浮かべている。
「はい、行ってらっしゃい。小母様達にも宜しく言っておいてね」
「はい、伝えておきます。聖さまのお母様たちにも…」
ユミの申し出に、セイは困ったようなめんどくさそうな笑顔を浮かべて首を左右に振ってみせた。
「いや、ウチのはいいよ。どうせ顔見せに行くだけだし…それよりも!
気をつけてね!?年末は変なのが多いから…ねぇ、やっぱり私が送って行くよ…」
クルリと向きを変え車の鍵を取りに行こうとするセイの肩をユミは掴んだ。
「いえ!ほんっとうに大丈夫なんで!!聖さまは家で大人しくしててください!!
そんなに心配だったら私が車をお借りして・・・」
「いや、それはもっと危ないからダメ!…まだローンも残ってるのに…」
ユミが最後まで言い終わらないうちに、セイが言葉を制した。
しかし、最後の言葉はユミに聞こえないようボソリと呟いただけで、
もしかしたらそちらの方が本音なのかもしれない…。
「だったら!!大人しく寝ててください!!…全くもう…こんな時に風邪だなんて…」
「・・・う〜ん・・・どうしてだろ・・・私だけ・・・」
セイはまるで解らない、という風に首を傾げてみせたのだが、ユミの肩は微かに震えている。
「・・・そりゃあお風呂上がった後あんな格好でウロウロしてるからですよ…。
髪も乾かさないし…それに・・・」
言ってるうちにどんどん怒りが増してくる…どうしてあれだけ言ってもきかないのか…この人は…。
ユミの静かな怒りの空気が見えたのか、セイは慌ててユミの肩をガシっと掴むと壁に掛けてあった時計を指差すと言った。
「あ〜!!!ほら!そろそろバスの時間じゃない?」
突然のセイの叫びに、ユミは慌てて腕時計を確かめると、なるほど、予定の時間の五分前だった。
「へ?あ、ああ!!本当!!そ、それじゃあ聖さま!!行ってきます!!」
腕時計の隣につけたブレスレットがシャラ…と揺れる…。
セイもユミも一瞬それに見惚れていたけれど、やがてセイがユミの背中を軽く押した。
「はい、行ってらっしゃい。気をつけてね。夜電話するから」
「はい・・・まってますね・・・」
ユミはそう言っていつもするように、その場でそっと目を閉じた…。
どんなに急いでいても、時間がなくても、これよりも大事な事など…殆ど無いのだから…。
「ただいま〜」
ユミはそう言ってドアノブに手をかけた。
「あ〜!!祐巳!!開けるな!!!!」
「へ?」
ユウキの怒鳴り声が庭の方からしたけれど、でもユミの運動神経では、
回しかけたドアノブを離すなんて事出来なかった訳で…。
ドアを勢いよく開けた瞬間…中から何かが飛び出した…いや、降ってきた。
「ぎゃうっ??!!」
ユミは驚きのあまり目を白黒させていると、ユウキが裏の方から走ってきてガックリとうな垂れている。
「・・・遅かったか・・・」
「な、な?」
「あぁ〜、いやさ、正月の飾りつけしてたのはいいんだけどさ、今年は中にもつけようって話になったんだよ」
ユウキはそう言ってユミの足元に落ちた注連縄を拾い上げてユミに手渡した。
「はぁ・・・」
ユミはそれを受け取るとそれをしげしげと見つめ直す・・・。
それがどうして今ユミの頭の上に降ってきたのかが、ユミには全く理解出来なかったのだ…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ユウキが話すには…どうやらそれが家族会議で決まったのは良かったのだけれど、
どうやらつける場所に戸惑っていたらしく、とりあえず玄関につけてはみたけれど、
その結果・・・。
「・・・こうなったわけね・・・」
ユミはついさっき、みかんがぶつかった所を撫でながらそう呟いた。
「ま、まぁ、そういう事だな」
ユウキはバツが悪そうにソロソロとユミの脇を通り抜け家の中へと入って行ってしまった。
続いて、家の中からはユウキの怒鳴り声。
『お父さん!!やっぱり失敗だった!!!今度は祐巳が被害者だ!』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
今度は…という事はユミのほかにも誰か引っかかったのだろうか…。
あんな古典的な罠に…なんとなく誰がひっかかったのか予想はついていたけれど…。
ユミは我が家に帰ってきたんだなぁ、などと思いながら溜息を一つ落とすと、
今度はさっきよりもずっと慎重にドアを開けた…。
「あら、祐巳ちゃんお帰り…あら?」
家に入るとすぐそこまでユミを迎えにきていた母が、ユミをしげしげと見つめながら不思議そうに首を捻っている。
「・・・?」
ユミは訳がわからずに、母を見つめ返していると…母はポツリとこういった…とても残念そうに。
「白薔薇様は?一緒じゃないの・・・?」
「は?」
「だって・・・てっきり一緒に来るもんだと・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
どうやら母は、ユミと一緒にセイも来ると思っていたらしい…。
その残念そうな表情から、それをどれほど楽しみにしていたのかが伺えた。
「ま、とりあえず上がって…紅茶でも飲む?」
「あ、うん。ありがとう」
ユミはにっこり笑って、母の後についてリビングへと向かった。
リビングでは、ユウキと父が仲良く、かどうかは解らないが、さっきの注連縄について何やら討論している。
そんな光景に、ユミは今度は心の底から我が家に帰ってきた事を嬉しく思えた・・・。
夜8時…待ちに待った電話が…かかってこなかった。
セイは離れ離れになると、いつもなら絶対にこれぐらいの時間になると一度は電話してくる。
しかし、今日はすでに9時になっているというのに電話が鳴る気配は無かった・・・。
「どうしたんだろ…まさか…風邪が悪化した…とか?」
ユミは胸の中に突如として現れた不安と戦うかのように首をブルブルと左右に振った。
大丈夫…大丈夫…
ユミは自分に言い聞かせるように携帯電話を握り締め、着信履歴からセイの名を探す。
…と、言ってもここの所セイからしかかかってきていないのだが…。
ユミがセイの番号に電話をかけようとしたその時・・・。
プルルルルル プルルルルルル
と、けたたましい音が鳴り響いた。
一瞬ユミはドキリとしたけれど、すぐにそれが家の電話だった事に気付きもう一度セイの番号を押した…が、
電話は何故か話中…ユミは電話を切ると、泣きそうになるのを必死に堪えた。
自分にはかかってこない電話…どうして?
そんな事が頭の中をよぎる…セイは言った。
この番号は家族には教えてはいないのだ、と。
つまりは、セイは今家族ではない誰かと話していることになる・・・。
「・・・どうして・・・?誰にかけてるの・・・?聖さま・・・」
ユミは枕に突っ伏すと、そんな事を呟きながら涙を堪えた。
別に、セイが誰に電話をかけていようと、ユミには関係ない…。
それは解っているけれど、どうしても押さえる事の出来ない感情は、後から後から溢れてくる。
もうダメだ…涙がでてしまう…
ユミが枕元に置いてあるティッシュに手を伸ばそうとしたその時、突然部屋の子機の電話が鳴り響いた。
ユミは少し驚いて電話を取ると、出来るだけ元気そうなフリをした。
「はい?」
「あ!祐巳ちゃん?温かい格好して降りてらっしゃい」
電話の相手は母。
「・・・へ?」
突然の母の申し出は何が何だかわからない…。
でも、何やら声の感じからどうやら急ぎらしい、という事がわかったので、
ユミは慌てて壁に掛けてあったコートを引っつかむと、それを羽織ってリビングへと向かう。
「お、祐巳ちゃん、ごきげんよう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
リビングのドアを開け、中にいた人物を見るなり、ユミの足は硬直してしまった。
もう一歩も動けない…そう、そんな感じ…。
「ん?どーした、祐巳ちゃん。お〜い」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何故・・・」
ユミはセイの姿にしばし呆然としていたのだけれど、その隣に座っている人を見て更に愕然となった。
「か、か、か、か!!」
セイの隣に座っているその人は、バツが悪そうにセイの隣にちょこんと座っている・・・。
「…こんばんわ、祐巳ちゃん…どうして私がここに居るの?って顔…してるわよ…」
ユミは彼女の言葉にコクコクと頷くと、セイの隣に座って苦い笑みを浮かべているその人は、静かにこう付け加えた。
「それが・・・私にも解らないのよ・・・」
そう言って、彼女は頭をふるふると、振ってみせる…。
どうやら本当に何故自分がここにいるのかが解らないらしい。
「せ、聖さま!?どうして突然来るんですっ!?…と、言うよりも…どうして加東さんにいっつも迷惑かけるんですかっ!!」
そう…セイの隣に座っていたのは紛れもなくカトウケイ…その人だった。
「いや〜、だってさ、加東さん暇だって言うから・・・。それなら一緒に年越しソバ食べない?
って聞いたらいいよ、って言うからさ、連れて来たんじゃない。だって、それなら祐巳ちゃんも誘うのが道理でしょ?」
「・・・?」
もはやセイが何を言いたいのかよく解らないが、つまりは三人で年越しソバを食べようって事なのだろうか…?
セイはポカンと口を開けているユミとケイを交互に見つめ、1人嬉しそうに笑っていた。
「いや〜、楽しいお正月になりそう!」
なんて、本当に嬉しそうな顔をしながら・・・。
その笑顔を見れば、ユミのさっきまでの怒りや、悲しみなど、まるで取るに足りないものだった・・・。
こんなとんでもなく忙しい年末…でも、それも悪くないと、今は思う。
少しでも離れていられたのが不思議。
どうしてキミを求めるのか、
キミが私を求めているのか。
それとも、お互いが求めているのか。
そんなことはどうでもいい。
ただ、キミと居られる幸せ・・・。
こうして、ユミ達は無事年末を三人で楽しく過ごしました…それでは皆さん、ごきげんよう…。
と、言いたいのは山々だけれど、お話はここでは終わりません。
年末は忙しい。とてもとても忙しい。
これぐらいじゃ終わりません。このお話・・・まだまだ続きがあるんです。