翌朝。
目を覚ましたユミは隣に居るはずのセイの肩を揺すろうと腕を伸ばした。
「せい…さまぁ…朝です…よ?」
しかし、ユミの手に触れたのはセイの肩…ではなく、何かフワフワとした奇妙な手触り…。
「…?」
ユミはまだ開ききっていない目をパチパチさせてセイを見つめ、言葉を失った。
「・・・・・・・・・」
なんだろう…黄色い…それでいて何か大きな…。
ユミの中の疑問符はどんどん大きくなり、やがてそれが何かを認識するまでに、
結構な時間がかかってしまった。
「うわぁ…」
本来なら25日に届くはずだったプレゼント…。
大きな大きなトゥイーティーのぬいぐるみ…。
一瞬ユミの寝ぼけた頭は、セイがこのぬいぐるみに変わってしまったのか、
と、本気で悩んだのだが、そのぬいぐるみにはかなりの見覚えがある。
大分前にショーウィンドウに飾ってあるのを見かけて以来、ユミがずっと欲しかった物だった。
何ヶ月か前に、購入しようと店に足を運んだ時には既に売り切れた後だと言われ、
半泣きでセイに訴えたのは、今でも記憶に新しい。
あの時、セイはあきれたようにユミをあやしてくれたけれど、
決して本気にはしていないと思っていたのに…。
涙ぐんでそのぬいぐるみを抱きしめていたユミの元に、
突然聞きなれた声が頭の上から降ってきた…。
「おはよう、祐巳ちゃん。朝御飯出来てるよ」
「聖さま!!」
ユミは感激のあまり、お玉を持ったまま部屋に入ってきたセイに勢い良く抱きついた。
「ありがとうございます、聖さま!覚えていてくれたんですね!」
ユミのあまりにも嬉しそうな顔に、セイは苦い笑みをこぼすと言った。
「忘れる訳ないじゃない、あんだけ大泣きされたら嫌でも覚えてるよ」
「…そんなに泣きました?」
恥ずかしそうに俯くユミに、セイはコクリと頷くとお玉をクルクルと回しながら、笑う。
「思いっきり泣いてましたよ?お姫さま」
ニヤリと口の端だけ上げて意地悪く微笑むセイに、ユミはもう笑うしかなかった…。
「そ、そうでしたっけ?あはは…」
「そうだったよ。それより…」
「はい?」
ユミが小首を傾げていると、セイは少しだけ俯いてポツリと言った。
「その…身体…大丈夫?どっか痛かったりとか…しない?」
心配そうに…少し恥ずかしそうに尋ねるセイの顔は、耳まで真っ赤だ。
ユミは少しだけそんなセイが可愛らしく見えて、セイの腰に回した腕に力を込めると、
顔を上げて下からセイの顔を覗き込み言った。
「大丈夫ですよ、聖さま。なんともないですから」
いや、なんともない、言ったら少しウソになるかもしれない…。
起きてからずっと続く体の違和感や、腰痛…身体の奥の方の鈍い痛み…。
でも、それよりももっと大きかったのがなんとも言えない幸福感だった。
この満たされた感じは、どんな言葉もあてはまらないほど、
言いようの無い感情だったのだ。
ユミの言葉にセイはパァっと顔を上げ、ユミの頭を優しく撫でる。
「そう…良かった…どっか壊れちゃったらどうしようかと思った…」
「ふふ…そんなに簡単に壊れませんよ…それに…」
ユミはそこまで言って、一呼吸置くとこう続けた。
「それに…私はとても幸せでしたし…」
「…うん…私も…」
セイはそう言って嬉しそうに微笑み、ユミの息が止まるのではないか?
と思えるほどの力でユミを抱きしめると、そのままクルリと向きを変え、
お玉で宙に円を描きながら、鼻歌まじりに部屋を出ていってしまった。
未だに耳を真っ赤にしながら…。
ユミは今しがた出て行ったセイの後ろ姿を思い浮かべていたが、ふと左腕にある違和感に気付き、
その違和感へと視線をすべらせた。すると…その先にはキラリと光る何か…。
ユミがそれが何かを把握するのにそう時間はいらなかった。
「…うそ…」
それもまた、ユミが密かに欲しがっていた、十字架のついた銀のブレスレット…。
結構な値段がしたから、すっかり諦めていたのに…。
「でも…どうして…」
セイにも言った事など無かったのに、どうしてユミがこれを欲しがっていたのをセイは知っているのか…。
ユミは慌ててリビングにいるセイの元へと向かった。
「せ、聖さま!こ、これっ!!」
「ん?どーしたの?」
血相を変えてリビングに入ってきたユミをセイは笑顔で迎えると、
いそいそと朝ご飯をテーブルの上に綺麗に並べている。
「・・・・・・・・」
「?」
多分、ユミが何を言いたいのか分かっているのだろう…。
それでもセイはいつもと態度を全く変えない…きっと聞いても無駄だと言う事だ。
どうしてユミが欲しかったのかを、ユミが知った所でどうするの?
とでも言うように、セイはただ笑顔をこちらに向けている。
「…いえ、なんでもないです」
ユミは左腕をギュっと胸の辺りで握りしめると、とびきりの笑顔で言った。
「おはようございます!聖さま」
「はい、おはよう。さ、冷める前に御飯食べよう?顔洗っておいで」
「はいっ!」
ユミはクルリと向きを変え洗面台に向かって歩き出そうとすると、後ろからクンと腕を引かれた。
「ほら、忘れ物」
セイはそう言って自分の唇を軽くトントンとたたく。
「あ…」
ユミは少しだけ背伸びをすると、セイの形の良い唇にキスをした…。
セイの唇から、卵焼きの香りがフワリとする…優しい甘い香りだった…。
いつもと同じ朝…でも、いつもとは少しだけ、違う朝…。
二人の距離が、ほんの少しだけ…見えた気がした…。
ただがむしゃらに生きて、
ただひたすらに願った。
いつか命が巡って、また何かに生まれ変わっても、
私が私であればいい。
君が、君であると…いい。
私達は、きっとまた、逢える…。